いっしょにひとりだち

1/3
前へ
/3ページ
次へ
「ママ、いっしょにあそぼうよ!」  昨日も、おとといも、そしてその前日も、わたしがここにきてから毎日ずっと欠かすことなく聞こえてくる男の子の元気のよい声。  当初はわたしの胸を弾ませる波動の高い声だったが、でも今はちょっとだけ違っているかもしれない……。 「ごめんね。ママは今、ちょっと忙しいの。だから、ひとりで遊んでいてね!」  男の子の声に続いて聞こえてきたママの声もまた、わたしが毎日耳にする音だ。音そのものの響きはやわらかく、いらいらとした感情や怒りを含んでいるようには感じられないのだけど、なんだか気持ちがげんなりしてしまうのはどうしてなんだろう……。  ふたりの声が消え去ると、優雅なクラシック音楽だけがかすかに耳に届いた。その音はママの目の前にあるパソコンから流れてきているらしい。  パソコンの画像にはどんな映像が映っているのか、肉眼で確かめたことはないけれど、いつもママとパパが交わしている会話の内容から、それがなにであるのか、わたしには想像がついていた。 「ねえ、ママ、ちょっとだけでいいからいっしょにあそぼうよ!」  お兄ちゃんの催促する声が聞こえてきたけれど、これもまたいつもと同じだ。  何回かに一度は応えてもらえるときがあるからか、次、ママの口から発生する声に、わたしまでもが期待を寄せてしまう……。 「……ごめん。今はちょっとダメなの」 「……」  ふっ、という短いため息に続き、カチッという音が鳴ってクラシック音楽が消えた。そして次の瞬間、ママの体が急に動き出した。  その動きに連動するように、わたしの体も宙に浮いたような感覚になり、同時に、体全体に振動が伝わってきて、床にあたるスリッパの乾いた音が聞こえてきた。 「それよりまあくん、おやつ、食べない?」  ママの声が、ちょっとだけ震えているように感じられた。 「……うん。……食べる」  お兄ちゃんの声がとても切ない。こんなお兄ちゃんの声、わたしはもう、聞きたくない……。  こつんこつんこつん。  わたしはめいいっぱい力を込めて、足を立て続けにのばしたり縮めたりして、そのつま先が伝える振動でもって、メッセージを届けようと努力する。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加