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和子は、冷蔵庫を開ける。ペットボトルのお茶……それもいつ封を空けたかわからないもの……の中身を客用の湯飲みに入れ、電子レンジに放り込んでやった。
「せいぜい腹でも壊しな、妖怪ババァ」
と聞こえないように呪いの言葉を、和子はつぶやいた。。
一方の直子はというと。
壁にかけられている、黒い無地のカーディガンがかけられたハンガーを見ながら ……
「この部屋本当に暑いわね……」
と、大声で言う。
「今、エコブームですからねえ」
湯気が立っている湯呑みをトレイに乗せて和子がキッチンから戻ってきた。
直子はそのハンガーの服を、さも当然のようにはぎ取り、自分のジャケットを代わりにかけた。
「このジャケット、10万円しかしなかったんだけど、この色に触り心地、本当にミラクルなのよー。干しておかないとシワになってしまうでしょう?そういう、いい商品に対する知識も、あなた少しは覚えた方が良くってよ?」
という直子に対し、和子はしわくちゃに丸まった自分のカーディガンを拾いながら、
「あらうらやましいですわ。お義母様が着ると10万円という価値が分からなくなってしまう程、なんて、まるでミラクルですわね」
和子と直子、目を合わせずに高らかな笑い声をあげる。
そして30秒ほどたって、酸素が足りなくなったのか、同時に苦しそうにため息をついた。
「まあでも」
再び直子から……
「あなたには、10万円のブランド服よりは、10万円のエステの方が、 よっぽど価値があるかしらね」
「お言葉ですがお義母様、私、こう見えても自力で、1キロも、痩せましたのよ。1キロも」
「あらあ、そうだったの、素晴らしいわ。それで、1キロも、お痩せになったのね」
「そうなんですー1キロも痩せましたの」
和子と直子、目を合わせずに高らかな笑い声をあげる。
直子はさっと湯飲みを手に取り、一気飲みする。
「まあそんなことはどうでも良いとして」
話を変えようとする直子に対し、
「そうですわね、お義母様が人のカーデ ィガンを床に落とす事なんて、どうでも良い事ですものね」
と恨みがましく言う和子。
「あなた、夕食の準備はしているのかしら?」
きたー……と、和子は思った。
「特にお夕飯の支度をしていたようには感じられないから……まだに決まってるわね」
そう言うと、キッチンの方に向かおうとする直子。
もちろんそこに立ちはだかる和子。
「いいえ、お義母様をお台所に立たせてしまうなんて、嫁としてあるまじきことですわ。どうか、どうぞ座りになってじっとしていていただけませんか?」
「あら、私はケンちゃんのお夕飯のために来たのよ?どうして、あなたが作るものをワザワザ食さなくてはいけないのかしら、ちょっと、おどきなさいな」
直子は、和子を突き飛ばして出ていく。 和子が尻餅をついた途端、床が揺れて、ハンガーにかかっていた直子のジャケットが床に落ちた。
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