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 カッカッと小気味よい音を立てながら、白いチョークが黒板の上を滑っていく。 「……と、このように作用積分の変分をゼロと置くことで、オイラー・ラグランジュ方程式が導かれるわけです」  一通り数式を書き連ね、ようやく教室を振り返った私がそこで見たものは、ほぼ予想通りの光景だった。  クラスの約三分の一の学生が机に突っ伏している。辛うじて意識のある学生たちも、どうにも要領を得た表情をしていない。ラグランジュ形式の解析力学なんて、基本中の基本なのだが……  そんな周囲の惨憺(さんたん)たる状況にもかかわらず、彼女は今日も教室の一番前、それも教卓の目の前の席で、背筋を伸ばし大きな眼をパッチリと見開いて私を見据えていた。  この女子学生……学生でないかもしれないが……は、間違いなく私のこの科目を履修していない。クラスの人数は四十人ほどで、私もほとんどの学生の顔と名前が一致しているのだ。なのに私は彼女の名前を知らない。なんとなれば、彼女は一度も出席カードを書いたことがないのだ。まごうかたなき「モグリ」の聴講生である。
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