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プロローグ
座敷に招いた幻術師は重々しい顔で一言も話すことなく座っていた。
背負っていた桐箱を傍らに、大仕事を終えたとは思えないほど静かだった。
私は、
「此度は見事な働きでした。ありがとうございました」
と言った。
妖の退治。男曰く、見えないだけで隣り合うように私たちの世に居るらしい幻。
そんな、常人には見えない怪異の討伐。それをこの男はやってのけたのだ。
市中を乱す怪物はこの男の手によって一晩の内に討ち取られてしまった。
さすがは名の知れ渡った幻術師だ。主もさぞ喜ぶだろう。
「いえ、私は仕事をこなしたまででですから」
幻術師はこれといった感情も浮かべずに言った。
この空蝉という幻術師はどこまでも静かな男だった。
しかし、私にとっては厄災を払った英雄だ。
この男が居なければ今頃市中は混乱を極め、幾人もの死人が溢れ、そして私もその責を取ることとなっていただろう。
だから、この男がどれだけ何事にも興味がなさそうでも私はこの男との会話を続ける。
「妖はどのようなものでしたか。私には見えないものですから」
「優しい顔をしていました。殺めたのが未だに悔やまれる」
空蝉が言った言葉は意外なものだった。
この男はどうやら、殺した妖を思っているらしかった。
「そうはいったものの。あのままではどれほどの民が殺されていたか分かりません。あなたがしたことはなにも間違ってはいないと思いますが」
私は言った。
「その通りです。人が生きるにはああするしかなかった。私はああするしかなかった。力が及ばなかった」
男は宙を眺めながら言った。
「ですが、そうは言っても人食いの化生でしょう。生かす必要があるのですか?」
私は聞く。
「人を殺めたからには殺すしかありませんでしたが、彼らもまた我々と同じく生きていただけですよ。ただ、喰うものが人だったというだけです」
男は言った。
「はぁ、一寸の虫にもなんとやらというわけですか。お優しいんですね、あなたは」
私は言った。
「優しくはありませんよ。ですが、隣りに居る彼らと上手く折り合いを付ける術はないものかとは思います」
男はここで初めて人間らしい表情を浮かべた。
寂しそうな、だがどこか芯のある表情だった。
『大正妖異払記』より
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