願い

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 あの頃は、まだお互いに金銭的な余裕もなくて、週末の楽しみの一缶の酒を飲み、将来の展望について語り合ってばかりいたことを思い出す。  俺は営業の仕事で五年以内には昇進するという目標を掲げ、理沙はアパレル関係の仕事で、より多くのお客さんにファッションを楽しんでもらいたいと話した。  明確な俺の目標とは違い、どこか漠然としていて、最果てのないような理沙の希望に対して「もう叶ってるじゃん」と言うと、彼女はいつも「まだまだなの」と憧れている先輩の接客の素晴らしさについて語った。そういう理沙の人を手放しに、心から尊敬することができる素直さが俺には眩しかった。そして、真っ直ぐな愛情は俺にも日々脈々と注がれ、守るべきものを見つけた幸福感でいっぱいだった。 「いつか、あんなとこ住んでみたいなあ」  理沙の願いは俺の願いでもあった。理沙の希望はできる限り叶えてやりたかった。だから、その願いを叶えるべく、俺は仕事に今までに増して邁進し、有言実行で五年以内に昇進を果たした。理沙が話していたマンションに住むくらいの経済的余裕を手に入れ、結婚して五年目となる記念日の今日、その話を切り出すのは、理沙に対しての最大限のプレゼントとなるはずであった。  しかし、理沙の反応は違った。 「お風呂上がったよー」  理沙はそう言って濡れた髪を拭きながら、リビングで髪を乾かす。理沙は風呂に入れば一時間は出てこない。テレビは先程まで理沙がドラマを観ていたチャンネルのままで、今度は騒がしいバラエティー番組が映し出されており、自分がずいぶん長い時間同じ体勢でいたことに気がつく。 「珍しいね、この番組観てるの。私は結構好きだけど」 「ああ、うん」  理沙はそう言って長い髪にドライヤーをかけ始める。俺は凝り固まった体をポキポキ鳴らしながら、どこか腑に落ちない感覚を抱きつつ立ち上がる。風呂上がりの理沙はいつもふんわり眠そうで、いつも俺が上がる頃には五分五分の確率で眠ってしまっている。今日の記念日を理沙が十分に楽しんでくれたのならそれでいいじゃないか。マンションの話はまた後日改めてすればいい。俺は自分にそう言い聞かせ、リビングを出た。  
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