願い

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「じゃあ、俺が今まで頑張って来たことは無駄だったってこと?」  思っていたより、冷たい声が出た。理沙は小さく肩を跳ねさせながら、俺から手を離した。 「そういうことじゃなくて」  仕事で疲れていたこともあったのだろう。俺はいつもより短気で、これ以上一緒にいても理沙を傷つけてしまうことは明白だった。 「わかったよ」  俺はそう言って席を立った。後ろから理沙の「ご飯は?」と小さな声が聞こえて来たけれど聞こえないふりをして、寝室に向かった。そして、気づいたら俺は眠ってしまっていた。  ーー夢を見た。  理沙とここに引っ越して来たばかりの頃、一緒によく行っていた近所の公園だった。理沙は今よりも幾分か幼くて、楽しそうに俺の横を歩いていた。 「今日は快晴だね」 「快晴は言い過ぎじゃない? 晴れだよ、晴れ」 「いちいち訂正しないでよ」  その会話を聞いて俺は、プロポーズした日の夢を見ていることに気がつく。  昔から口だけは一丁前で、その日もプロポーズをするという緊張感でいっぱいだったくせに、理沙に突っ込みを入れることを忘れることはなかった。  理沙が作ってくれた昼飯のサンドイッチを食べているときでさえ、どこか落ち着かない気持ちでいた。食後にレジャーシートで二人並んでいるときに唐突に言った。 「結婚しようか」  理沙は驚きで、普段から丸い目を、さらに丸くしていた。 「じいさん、ばあさんになってもずっと仲良くしてよう」  断られるわけはないとわかっていても、いざプロポーズするとなると、心臓が脈を打ち、そこだけが独立した臓器のように、熱くなった。 「うん」  理沙はそう言って、最高の笑顔で答えてくれた。俺は生涯その瞬間を忘れないようにしようと決心したことを思い出す。 「幸せだね」  理沙は噛み締めるように言い、俺の顔を見て微笑んだ。  ふと目を覚ました。時計は夜中の二時を指している。隣に理沙がおらず、リビングから明かりが漏れていた。 「まだ寝ないの?」  テレビからは小さく音が漏れている。理沙は驚いたように俺を振り返った。  理沙が目の前にいるせいで、まだ夢の延長線上にいるような心地がした。 「眠れなくて」  理沙はそう小さく答えた。 「あれ、思い出したよ。さっきの話」  テーブルの上にはホットミルクが入ったカップが置いてあるが、中身はとうに冷めているのだろう。 「ほんと?」 「ああ。理沙は俺にどうして欲しい?」  素直にそう問いかけた。自己満足ばかりの逃げはもうやめて、理沙の本心を知りたいと思った。
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