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いつの間に入って来たのか、少年はダイニングチェアで天井を見上げて息絶えている年の離れた義兄の死体に近づくと、その手の甲に小さな指を這わせた。まるでお気に入りのオモチャを愛でるかのような指の動きに合わせて、くりくり動く澄んだ瞳は好奇心であふれんばかりに見開かれている。
また、少年の足元には、もう1つ死体が転がっているが、それには興味がないのか、目もくれない。
「お目覚めのようね」
優しい呼びかけの先には、頭の後ろに束ねた黒髪の、こめかみ部分から太い銀髪が帯状に流れた老齢の女性が微笑んでいた。少年は女性の深緑色の目を覗き込んだ。
「うん。もうすっかり目が覚めたよ、お母さん」
母親は数年前に養子にした少年から、今しがた自分が毒殺した実の息子の死体に視線を転じた。死体の額には早くも、効力を失った文様が浮き出しはじめ、そこからどす黒い血が滲みはじめている。
始まりは十二年前になる。
赤く染まったスーパームーンが夜空に浮かび上がった、あの夜に。
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