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ブーブー!ブーブー!
もう何度めか分からないスマホのアラームが部屋中に鳴り響く。
(うるさいなぁ、まだ寝かせてよぉ…)
暖かい毛布にくるまり、その音を遮断するが気づいてしまう。
ん?何度めか…?
ブーブー!ブーブー!
ハッと飛び起き、慌ててスマホの画面を覗き込んだ。
8時5分。
画面には、無慈悲にそう表示されていた。
(ウ…ソ…)
「ち、遅刻だ…!」
急いで制服に着替え、バタバタと一階ヘ降りる。
「ちょっと薫!何で起こしてくれなかったの?!」
「あ、おはよう、姉さん。」
リビングでは、ニコッと微笑む弟が優雅にコーヒーを飲んでいた。
私、佐伯 香織と弟の薫は双子の姉弟だ。しかし、二卵性だからか顔も性格も全く似ていない。
頭も良くてしっかり者で、運動神経抜群。その上容姿まで整っている薫。
対して、頭も容姿も普通。朝も弟に起こしてもらわないといけない情けない姉が私、香織だ。
「起こしたよ?でも、姉さんが後から起きるから~って言って、そのまま寝ちゃったんだよ?」
「うっ…」
それじゃ100%自分のせいじゃないか、と何も言えなくなってしまう。
「その寝顔が可愛くって、そのまま寝かせてあげたんだから♡」
「えぇっ?!」
前言撤回。やっぱり薫にも責任がある。
「はぁ、もう…」
私に甘い薫にも、それに頼ってしまっている自分にも思わずため息が漏れる。
しかし、薫はそんなことはお構い無しに、いつものように私の腕に抱きついてくる。
「ごめんごめん、今度からちゃんと起こすから許して!…ね?」
コテンと首をかしげ、長いまつげの奥の瞳が、困ったように私を見つめる。
しっかり者の薫が甘えた顔をする、このギャップに私は弱い。
「うーん…、許す!
そんな顔されたら許しちゃうよ~」
そう言って、よしよしとつま先立ちで頭を撫でると今度は嬉しそうに笑顔を向ける。
切れ長の目にスッと通った鼻筋。180近い高身長。
大人っぽい雰囲気の彼がこんな顔を見せるのは、家族である私ぐらいだろうか。
「ふふっ、姉さん…♡あ、もうこんな時間だ」
薫の言葉に我にかえり、急いで準備を再開する。
その最中に、今日が可燃ごみの日だったことを思いだし、家を出るついでに出そうと、ごみを素早く袋にまとめる。
私たちの両親は海外での仕事が多く、めったに帰ってこない。なので、昔から家事を分担しながら二人で暮らしてきた。
薫は昔から姉である私にベッタリで、私もそんな薫を可愛がっていた。だからそんな家庭環境でも、お互い寂しい思いはしてこなかった。
しかし私は最近、薫のことでちょっとした悩みごとが出来てしまった。
(あ…)
ごみを回収しようと薫の部屋のごみ箱を見ると、丸められたティッシュがいくつか入っている。
(そういえば、昨日の夜も物音してたな…)
薫が中学生になった頃からの変化。
当時は鼻風邪でもないのに変だなと思っていたけど、今はこれが何で、薫が昨夜何をしてたかわかってしまう。
「はぁ…、気まずいなぁ…」
男の人は、『こういうこと』をするものだと理解はしているが、やはり弟のそういう部分を垣間見てしまうのは、姉としては居心地が悪いものだ。
「姉さーん、早く行くよー」
「あっ、う、うん…!今行くねー!」
一階の玄関から聞こえる薫の声に返事をして、袋を縛った。
(…まぁ、私が気にしなきゃ良いだけなんだろうけど)
そして、いつも通りに薫と家を出る。
「ねぇ、姉さん、今日は何が食べたい?」
ゴミを捨てたあと、薫がそう尋ねたが、こういう日は気まずさで会話に少し困る。
「…えぇっと…、じゃあシチューとフランスパン…、いっ、いや!やっぱり、カレーにしようかな…!」
薫には申し訳ないが『アレ』の痕跡を見た後は、なるべく、白い液体のことは考えたくない。
「?…わかった、じゃあ今日の帰り、一緒にスーパーに材料買いに行こう」
「う、うん…」
もう、さっきのことは忘れようと息を吐く。
(ふぅ…、平常心、平常心を保たなくちゃ…)
なんたって今日は、私の人生の一大イベントがあるのだからー。
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