魔法使い(みそじ)男に贈る、神の慈悲

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 そして現在。 「うおおおおお!! 出ねぇー!! 物欲センサー、仕事しすぎだろォォオオ!!」  カタカタガタガタカチカチカチカチ。  ノートパソコンとやらの冷たそうな四角畑を叩きまくる男は、眩しい彩りを食い入るように見つめていた。  否、見つめるなどと可愛いものではない。顔を近づけ、目を見開き、怪しく笑みながら一人で叫んでいる様子ははっきり言って異常である。  全知全能なる我らが神よ。慈悲をあたえる人間を間違えたのではないですか。  正直、そう思わざるを得ないをいうもの。  異教のスカラベを忙しなく動かし——スカラベのくせに名前はネズミなのだという。最後に顕現してからの二百年のあいだに、随分と世界はおかしくなったものだ——、男はすさまじい勢いで謎の板を叩いている。黒色の四角がぎちりと並んだものだ。  無機質ながら、畑のようにみえなくもない。 「それは、呪いの板か」 「いやっ! 〝呪いの木板〟はむかーしむかしに集め終わった! 今欲しいのは、〝すり切れたロープ〟! やー、懐かしいな。これ、最初の頃はこのマップ通るたびにゴミみたいに落ちてたのに、追加アプデでドロップ絞られて、その上クエストアイテム化するんだもんなー。露店の相場もだだ上がり。倉庫に持っとけばよかったって、そりゃあそりゃあ後悔したもんなー。あ、ペロった」  などと、次々に飛び出してくるのは意味が掴みきれない言葉たちである。 「……お前が指でガチャガチャと鳴らしているのは、ウィジャボードかと訊いている」  隠し切ることができなかった腹立だしさをにじませて問えば、男は私を振りむき、不思議そうな表情を浮かべた。  カチリとスカラベを押すのはやめよと言いたい。神の使いを相手に片手間とはなんたる了見か。 「…………あ。キーボードのことかぁ。やー、違いますかね。ウィジャってあれでしょ、海外版こっくりさん。確かにアルファベットが書いてあるけど、どちらかというと、えー、あれ、タイプライタァ? あんな感じですかね。打って、文字を残す、的な? それを相手に送る、的な? まぁそんな感じ」 「…………」 「えーっと、わかりません? タイプライター。そうだなぁ、そしたら、なんて言ったら伝わ——」 「神の遣いを馬鹿にするでない。前回の慈悲託降臨でタイプライタの存在は知った。しかし、お前の言葉は殊更に意味不明だ。説明せよ。神の遣いを馬鹿にするでない」 「してませんって」  生意気にも笑いやがってから、彼は私に手招きをした。その動作も癪ではあったが、教えを請うたからには我慢しなければならない。  時代時代の言葉を覚えることは大切であると我らが神も厳命なされた。我ら慈悲は永きの世をわたる。人の世界は目まぐるしく変わる。次の顕現時に古語(いにしえご)しかわからないようではいけない。  我慢だ。修行だ勉学だ。  私はひとつ、大きな呼吸をした。 「ほら、死ん——戦闘不能になったら、キャラクターが床に転がるでしょ? それが床を舐めてるみたいだから、床ペロ」 「ほう」 「こういうオンゲの用語、みたいな? ああ、いまはMMOっていうらしいですけど」  カチリカチリとスカラベを鳴らしつつ、男は彩り——液晶やら画面やらというのか。ふむ——のなかで、小さな絵を操っている。どことなく異教の壁画に似ているが、もうすこしぎゅっと縮めて愛嬌をだしたような絵である。  もしかすると、この時代では壁画も動くのかもしれない。むしろ、これは壁画ではないのか。違うのか。  そうか。 「ぬぅおお!? やべぇ!! こいつ白タゲじゃん! うわっ、うわーっ、悪いことしたなぁ」 「白茸(しらたけ)の化け物は敵か」 「シラタケじゃなくて白タゲ! ほら、これが……見えます? これ。この青色矢印がついてるのが、俺のターゲット」 「……ふむ」 「んでんでっ、白い矢印の敵は他の人のターゲット。ほら、銃をもったキャラが攻撃してるじゃないすか? この人のターゲットだから、攻撃しちゃダメなんで。白色ターゲットだから通称白タゲ」  ふむ。  正直、よくわからなかった。
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