魔法使い(みそじ)男に贈る、神の慈悲

4/10
前へ
/23ページ
次へ
 この男の(ねがい)は妙であった。というべきか、変わっていた。 「昔していたゲームがしたい。ほんの一瞬でいいから、あの懐かしさに浸りたい」  そう言ったのだ。  神の慈悲は大層なものであり、もうすこし大掛かりな——たとえば、金が欲しい。時の権力者になりたい。不治の病を治したい。など——ものでも良いのだと私は告げた。神の慈悲は万能であるのだぞと言えば、男は鼻息をあらくして、尚更にそれを願ったのだ。  遊戯(ゲーム)というから、盤遊びの相手をさせられるものと思った。神の慈悲が相手をしなくとも叶えられそうな夢であるのに……。と、考えたのは束の間。男のいうゲームというものは、ねっとじょうで皆で戦い遊ぶものであったのだ。  そっと衣袖を捲っていたのに残念などとは思っていない。嘘ではない。  願いは聞きとどけられ、男は甲高い歓声をあげてノートパソコンにかじりついた。 「これ! これだよ! このビミョーな2D感! このクッソみたいにやすっちいオープニング曲!」「おお、おおお、俺のキャラ残ってる! すっげ! すっげ! 思ったよりレベル高くなかった!」などと、大層に喜んでいたものだ。  あとは前述の通り。  彼は私に——ひいては神への感謝もそこそこに、カチカチガチガチダダダダダとスカラベやらキーボードやらを奏でて奏でて奏でまくっているというわけである。 「いやー、相変わらず、ほんっとデスペナうまいなー」  画面最上部の「0.2%」の記しに触れ、男はまた笑った。うまいと言っている割には皮肉を感じ得るのは気のせいだろうか。まさか、慈悲を喜んでいないのか。 「楽しいか」  多少の揺らぎを精神の奥で感じて、ふいにそう尋ねれば。 「すっっっげぇ、楽しいっす」  液晶から目を離し、男は私を振り仰いだ。その表情は輝かしいほどだ。神の慈悲とはそういうものである。  当然のことではあるが、すこしばかり鼻が高い気分になった。 「さっきの銃の人といい、他のプレイヤーといい、えぇと、アナタ? が操作してるんですか?」 「操作? 私は夢を叶えるだけだ」 「よくわかんないすけど、違うんすね」 「うむ」 「あははははは」  カチ。カチ。  スカラベが心地よく鳴く。彩りの世界で、せっせと壁面顔の絵が走る。生きる。  表情がないくせをして、やたら生き生き、そこにある。 「思えば、俺の青春ってこれだったのかもしれないなって」  砂漠を駆け、森を駆け、自由を体現する。 「いまどきのMMORPGからみれば、動きもモッサリしてるし、表情うごかないし、声ないし、釣りやらなんやらのシステムはないし、キャラの衣装もいじれない。俺の用語だって、きっともう古臭い」  時折きこえてくる囀りは、描かれた木で揺れている鳥の絵によるもの。 「だけど俺、これが好きだった。ばかみたいに時間を溶かして、朝も夜も昼もなくこのネトゲをしてた。体力ゲージもみえない知らない人に回復かけまくって、ごくたまーに『キンキンうっせ』って言われて落ちこんで。ハムスターもびっくりの回転率で敵を狩って、ドロップ品集めて、NPCにクエスト報告して。このゲームに使ったなんにも生み出さない時間が、ばかみたいに楽しかった」  見ず知らずの壁画絵たちに癒しのきらめきを与え、男ははしる。  生き生きとはしる。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加