魔法使い(みそじ)男に贈る、神の慈悲

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 スカラベの音がとまった。  絵のあゆみも、とまった。 「仕事、仕事、仕事。現場、現場、仕事。スマホにいれたMMOのレベル上げすら作業にしか思えなくて、すぐやめて。思いきってばかみたいに値が張る高スペックパソコン買っても、気がつけば仕事の仕様書つくるだけ。仕事、仕事、仕事、仕事、仕事。レベル上げみたいに、ひたすら仕事仕事仕事仕事仕事仕事」  男の指がカタカタと震える。  キーボードを叩いていた嬉々さをなくして、カタカタカタカタ。頭を抱えて、カタカタカタ。 「朝も晩も昼も。ただただ、仕事して仕事して仕事して。スキルアップ、スキルアップ、会社のため、俺のため、働いて働いて働いて働いて働いて」  画面のなかのキャラは動かない。感情の読めない表情で、どことも知り得ることのない場所を眺めている。 「新しいゲームがでても、やる暇なんかなくて。いや、やろうと思えばできるんだ。寝る時間削って遊べば、いくらでも。体力ないのは俺のせいで、なのに世の中は遊んで生きて働いて彼女つくって家庭もって子供できて、息抜きにネトゲする。この暇人どもめこの暇人ども暇人、暇人、暇人暇人暇人暇人暇人……!!」  男は頭を掻きむしる。先程までの無邪気さを失って、呪詛のように低い言葉を紡いでいた。 「みんなみんな、俺を嘲笑ってるように思えたんだ。どうしてお前は器用にできないんだ? って。違う。俺は、羨ましくて……。俺も、楽しい世界に身を浸したかった……。ばかみたいに仕事してるくせに、なんにもならない。仕事することしか、俺を俺として確立する方法がない。仕事でしか求められない。仕事だけが、会社だけが、俺に価値をくれる。俺は、俺は、違うんだ。俺、俺、俺は俺は俺は、会社に必要とされてるッッ!!仕事は俺の生き甲斐なんだッッ!」  吼えた。男は、吼えた。  顔じゅうを口にして。頬をべたべたに濡らして叫んでいた。 「それで。ネトゲとやらはもうしないのか」  私が静かにそう問えば。 「そんなもの、しているほど俺は暇じゃない!! 仕事だけが、仕事だけが俺のッッ」  自身の髪をひっぱって、動物が牙を剥くように歯をむきだしにするのだ。
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