魔法使い(みそじ)男に贈る、神の慈悲

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 ここは夢だ。  折角の(ねがい)に現実を持ちこんでしまったのは、この男本人。逆をいえば、目覚めが近いからこそ夢は綻ぶ。 「……俺、生きてるんですかね。それとも、死ぬのかな」 「そこまではしらぬ」 「どっちにしても、俺には楽しい世界じゃなさそうだなぁ……」 「それは己次第だ」  画面を見つめたままの私が放った言葉に、男は喫驚したようすである。 「死にかけたキャラの命を救った。凛として、敵をたおした。がんじがらめにおもえた場所から、自分で抜け出せたではないか」 「そ、れは、ゲームだから。ただ、対策をしっていただけで」  戸惑っているようでもある。 「己次第だ。どう生きるかは、自分だけが決めることだ」  この世界の端は崩れ始めた。  夢の終わりは近いのだ。  男が望んだ〝昔していたゲームがしたい。ほんの一瞬でもいいから、あの懐かしさに浸りたい〟という(ねがい)。  ほんのひとときになってしまった、神の慈悲。  だから言ったのだ。もっと大層なことを願えばいいと。  どうせ夢と消えるなら、永遠に続くような壮大なものを選べばよかったのだ。  私は立ち、画面のなかの男を指で撫でて、背を向けた。 「見える世界を楽しいものにするかどうかも、自分次第」  夢の世界はもうすぐ終わる。  夢を願ったあのときのような笑みはなく、男はやつれきっている。夢の姿をうしない、彼はいま現実に帰ろうとしている。  それに伴い、この世界は崩れ去る。  私もまた、世界とともに去る。  男の命も選択も、私には知り得ぬことだ。  ただ。  最後に振り向いた視界のなかで、男の震える指先がつよく握り込まれる。その瞬間というのは、とてもよく見えたものだった。  夢の世界はいま、消える。  消える。
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