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「海神様」
「……」
「あなたの名は海神。思い出しませんか?」
彼の言葉に、私の体が形を色を、力を取り戻していくのがわかる。
「海神様、私はあなたをお迎えに上がったのです。新しいお社へ参りませんか?」
振り返り見れば、私の住んでいた社は草木が多い茂り、屋根は落ち『社』と言える代物では無くなっている。
「ここでは、もう私は必要ないのか」
どのくらい、ここに居ただろうか? 長い間、海を守り民を守り、彼らの願いを聞いてきたのに――。
「ここに海はありません。お社は朽ち果て、このままではあなた様の御魂までも朽ちてしまいます」
それが世の理だ。人々の信仰がなければ、神は神として存在できない。よもや、この私が堕とし神になろうとは。
皮肉交じりに笑えば、目の前の男は手のひらに小さな何かを差し出した。
「なんだ、それは」
「あなたをお慕いする方からのお供えです。覚えていませんか? 小さな子供が、少ないお小遣いからあなたにお供えしたお菓子です」
小さな飴玉が一つ、ころんと転がる。そうだった、ここが人から忘れられるとも、あの童だけは飴玉を持ってきてくれた。
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