田島のボン

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田島のボンと言う人が俺の村にはいる。 正確にはいた、だ。 今は東京にいるらしい。 田島のボンと言うのは標準語に直せば田島さん家の息子と言う平凡な言葉だ。 だけど俺の村では田島のボンはある意味ナマハゲみたいな存在だった。 子供が言う事を聞かなかったり悪い事をすると親は精一杯怖い顔をして脅す。 「おめえ、そんな悪い事ばあっかりすると田島のボンがくるぞ!カンカン(刑務所)の檻ば破って拐いにくるぞ!」 すると子供達はぴったり泣き止んで言う事を聞く。俺が子供の時には「田島のボンが来ないオマジナイ」があった程に田島のボンは恐れられていた。玄関先に飴玉を一つ置く。 (刑務所にいると甘い物が食べられないから、甘い物を玄関に置いておくと田島のボンは喜んで食べるからその間に逃げちまえと言う呪いでもなんでもない代物だわな)で、手を合わせて目を瞑り三回呟く。 「悪い事しませんから悪い事しませんから悪い事しませんから」 悪い事をしませんから来ないで下さい。 俺は小さな頃から不思議だった。 悪い事をしたから田島のボンは刑務所に入ったんなら悪い事をした子供達を裁く事なんか出来ないじゃないか。 まあとにかく田島のボンはそんな存在で。 本当に出会うとは思っちゃいなかった。 【田島のボン】 俺の村は山ん中にある。 村は70人位の小さな集落で、ババアとジジイが大半の過疎まっしぐらの村だ。 俺はそこで生まれて、近くの大学に入って今は村で小さな郵便局の配達員として暮らしている。 月の第二週の土曜日だけはボランティアで一人暮らしの爺さんや婆さんの家を回って話し相手や買い物なんかを手伝う。多数の若者が都会に行っていると少数の村に残った俺達はなんだか自然に村のジジババ皆さんの孫みたいになる。まあ悪くはないが。そう。 平凡だがまあまあと言うべきだ。 人生程々に生きる。 そのモットーを掲げている俺は都会に出ようと思った事がない。 あんな所ごちゃごちゃしているだけだ。 まあ、俺の話は置いておこう。 村の外れの小さな家に婆さんが一人住んでいる。 岩みたいにむっつりと口を結んでいる婆さんは花さんと言った。 花とは良くぞ場違いなネーミングをつけたなおいって思う位に花さんは偏屈だった。 村の集会にも来ないし、俺は他の老人と話をしたりゲートボールなんかをしている所も見た事がない。 ボランティアで最初に行った時も「おめさ、儂ん事老いぼれババアと思っとるだろう。儂はよ。まんだまんだ人の世話になる程しょぼくれちゃねえわ!けえれけえれ!」 と言いながら花さんはしっかりと汚い広告の裏に買い物リストを書いて手渡しする。 それで金平糖なんかをなんでもない様な顔をしてくれる。 時には「夕方までおめさがいるから間違って二人分飯を作ってしまったじゃねえか」って怒った振りしながら俺の分まで飯を作ってくれて一緒に飯を食べる時もある。 俺はそんな花さんが結構好きだった。 花さんは田島花と言う。田島のボンの母親でもある。 俺が中学校の頃、初めて田島のボンは本当にいる人なんだと知った。 「お前知らなかったの?田島のボンはよ、まじでいたんだぜ。ここの学校の卒業生だ。餓鬼ん頃からめちゃくちゃやって、高校入ってすぐに校長殴ってカンカンに行ったんだと。凄かったらしいぜ。くうー、かっけえよな!で、噂によると東京に出てヤクザ街道まっしぐらで今じゃすげえヤクザになってるらしい。」 らしい、らしいぜ、と先輩は興奮しながら古いアルバムを見せてくれた。 すっかり日に焼けて色素が抜けた写真にいたのは普通の学生服を着た少年だった。
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