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ふっくらとした頬に笑っているのか皺を作って歯を見せている何処にでもいる少年。
俺はなんだかがっかりした。もっと怖い顔をしているかと思ったのに、と小さい頃脅えていた自分が恥ずかしくなった。
田島のボンは俺の中でナマハゲから普通の人間になって、大人になるにつれてしゅわしゅわと記憶から消えてった。
「あー、女抱きてえな。この村に自分の妹位しか若い女がいないってどういう事よ、まあちゃん」
「あほ、まだお前ん所は小学生だろっが。早い所嫁さん貰って家継げよ。お前ん所金持ちなんだから都会の女もイチコロだんべ」
「都会の女がこんなへんぴな場所にくるわけねえだろ。お見合いでもするか」
第二土曜のボランティアの後は恒例の飲み会だ。
十人ばかりの二十代は毎日顔を会わせているのに何故かこの飲み会は誰一人欠席したことがない。
娯楽がない村の唯一の楽しみだからだ。ぐだぐだと下らない話を村で一軒しかない居酒屋でいつもの様に話していた時に、ふと誰かが呟いた。
「なあ、むっちゃん。おめえ田島の婆さん所にようく行ってるらしいが大丈夫か?」
「何が?」
場がシン…となった。俺は顔を上げる。
大丈夫かと言った親友の山田がは気まずそうに目で知らねえんか?と問いかける。
「婆さんはよ、変人だろ?前に俺が行った時なんてカマ持って追い出されたんだ。むっちゃんはイケメンだから気に入られたんかなあ。ほら、婆さん昔は別嬪さんでよ。東京さでホステスやっとったらしいぜ」
俺は相手の言っている意味が解らなくて首を傾げる。他の連中はああ、と解った様な顔をして頷いた。
「流れもんかあ」
「そうよ、流れもんよ。なんだか知らねえがいざこざあって東京さから逃げて来たらしいぜ。むっちゃんはさ、そういう事気になんねえ奴だから婆さん家に平気で行ってるけんども村の皆は良く思ってねえんだよ。あんまり近付かん方がこれからの為だ。ほれ、それによ。あの婆さん、田島のボンのお袋じゃねえか」
俺は回りを見渡した。
ニヤニヤと笑ってる奴、困った様に眉を下げる奴、怒った風に頷く奴。
小さなバラック小屋の居酒屋に変な空気が漂う。
汚い木のカウンターの虫が食った様な穴が今更ながら凄く気になる。
「なんで…なんで、流れもんならいかんのよ。俺はただボランティアで花さんの面倒見とるだけだ。婆さんは一人もんなんだ。ボランティアする必要あるだろっが!」
なんだかいけない事を俺がしているみたいになんでこいつらは見るのか。いたたまれない。
居酒屋の店主はただ黙って皿を洗っている。
誰も話さない。「なんでって」と山田が口を開いた時だった。
ばんっと扉が開いた。
「てえへんだ!」
息をぜいぜい吐きながら村のうっかり八兵衛的存在がそこにいた。
てえへんだ、てえへんだと言っては大して大変でもない事を村に言って回る、安治と言うおっちょこちょいの禿げたおっさんである。
「なんだよ安治さん。今日は猿がこえだめにはまったか?それとも」
張りつめた糸が切れた事に安堵した山田が軽口を叩こうとしたが、安治は珍しく馬鹿野郎!と相手を怒鳴りつけゆっくりと言葉を吐いた。
「た…田島のボンが帰ってきよったぞ」
「なんやと!」
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