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店主や周りの大人がが慌てたように手を拭き、玄関まで走っていく。ボランティア組の若い俺達はお互いの顔を眺めた。
俺達は田島のボンに実際にあった事がないんだもの。解らないに決まってる。
店主は小さな体を震わせて安治につめよる。
「おめ…そりゃあ本当か。いつかみたいに駐在さんと間違ったとかではねえだろうな!」
「今度は本当ですわ!でっかい車、おっきな車がよ!田島の婆さんの家の前に停まっとるんだがや!きっとアメ車だ、アメ車」
でかい車はアメ車って戦後かよ…と呆れた俺達を尻目に爺さん達は妙に真っ青になって走り出した。
残された俺達はなんとなしに腰を浮かす。
「行きますか。」
「まあ…、飲むって雰囲気でもねえっぺ。夜道を老いぼれだけに行かせておっ死んだなんて事になったら夢見わりいもんなあ」
俺達がゾロゾロと歩く姿。お月さんだけが照らしてた。
爺さん達は足を動かす。つんのめってよろけて手を動かす。
花さんの家までは一本道だ。最初は店主と安治の四本の手が。俺達はゆっくりと歩く。爺さん達の走る速度はこれくらいなのだ。
そうする内に爺さん達の手は六本になり八本になる。ガヤガヤと家々に電気がつく。皆、何処で聞き付けたのか(きっと安治だ)
次第に腕の持ち主は増える。せかせか、こそこそ、わあわあ。野次馬の集団になっていく。
その後ろで俺達はのんびり夜の散歩を楽しんでいた。
「田島のボンてよ。今何才なんだ?」
のんびり者のまあちゃんがしっかり者で教師のセツに聞いた。
「さあ…俺達がガキん頃にはもういなかったからさ。40過ぎでねえの?」
「ふうん…おっさんだなあ。」
なあ。俺は無駄口をしゃべりながら山田にそっと聞いた。
「なんで花さんといたらば皆が気にするんだ?」
山田は、村のまとめ役の息子だ。情報は良く知っている。
短く切った髪を気まずそうにかきながら、そっと誰にも聞こえないように俺に囁いた。
婆さん、昔、男に体を売っとったんだと。
…立ち尽くす。俺。
俺の頭には岩みたいな花さんがバニーガールの服を着てポーズを取っている映像が浮かんだが、ただ気持ち悪いだけなので考えるのをやめた。
花さんの家には車が一台止まっていた。
でもそれはアメ車ではなくて、真っ黒なメルセデスベンツだった。
小さな家の回りは沢山の人だかりが出来ていて、電気がついた玄関が開いていて。
玄関先で背の高い黒い背広を着た背中が2つ見えた。花さんと話をしている方はオールバック。もう一人は短い髪。
「けえれ!この極道もんが!二度と面見せんじゃねっぞ!」
叫び声がしてでっかい背中で今まで見えなかった花さんがピョコンと立ち上がり、オールバックが何かを話そうとして背中を屈めた時に花さんは足を上げた。
「うわ、痛えぞありゃ」
山田が呟くと同時にドスッと花さんの短い足は見事、屈んだ男の股間にクリーンヒットした。
「いってえ…」
見ていた俺達は一斉に股間を押さえた。
見ているだけで痛いのだ。された男は滅茶苦茶痛い。被害者は股に手を当ててうずくまる。
花さんは男の急所を蹴り上げてもなお容赦なく自分の背丈にまで縮んだ男の頭をバチンと叩いた。
「東京なんか今更行くもんか!おめさはもはや儂の子でねえ!けえれ!」
反動でオールバックはよろけて、倒れた。仰向けに顔がゆっくりと見える。狭い額から平均的な小さな鼻。厚ぼったい唇。
俺は段々解ってきた。
股間を押さえているこいつが、あいつだ。
「いってえな…母ちゃん。久しぶりでねえか。少しは歓迎してくれたってよかろ」
ガラガラと酒焼けをした泣きそうな声でそいつは笑った。
野次馬は。目線は対象物に合わせたまま発した言葉はさざ波になる。
田島のボンだ。
(少々ビブラートを効かせて)
田島のボンだ。
(今度は小さくぐもって)
男の目が野次馬の群れに向いた瞬間に皆が一歩引いた。
爺さん婆さん達は真っ青をこえて色素がなくなった。
歯がない顎共、なのに確かに聞こえたのだ。カチカチカチ。
男は何を捉えたんだろう。目を大きく開けて。倒れたまんま、わ。はははと大きな声で笑った。
「よう!老いぼれ共!生きてたか!」
男は勢いよく起き上がる。
男の背中は地から離れて足を地に踏みしめて両手を大きく広げた背中は大きな壁に見えた。
男の顔が歪んだ。多分、笑ったのだ、と思った。そして野次馬共に、愛嬌たっぷりで言い放った。
「皆さん、お揃いで。帰ってきたぜ!」
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