始まりの“印”

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始まりの“印”

 大陸の片隅に、ポムグランネという小さな国があります。その国に暮らす民の多くには、身体の一部がありませんでした。それは生まれつきでも、戦での負傷でもありません。災害や疫病から(たみ)を守るため、儀式により、その身の一部を神に捧げたのです。  それは、ポムグランネの民にとって当然の事。その信仰を疑う者は、どこにもいませんでした。 「今日も無事に朝を迎えられたことを、神に感謝します」  ポムグランネの片田舎に住むイザベラは、朝の祈りを済ませると、娘のユナを起こしにいきました。ユナはイザベラの一人娘です。夫を亡くしたイザベラにとって、ユナは自分の命よりも大切な存在でした。 「ユナ、朝よ。起きなさい」  質素な木のベッドに横たわる小さな身体を揺さぶると、ユナは子どもらしく両手を大きく伸ばし、ムクリと起き上がりました。 「ふぁああ。おはよう、ママ」  けれど、その愛らしい顔を見た時、イザベラは叫び声を上げました。 「ママ、どうしたの?」 「あなた……その目……!」  なんということでしょう。ユナの海面を写したように青く澄んだ瞳に、とある“印”が浮かんでいたのです。それは、ポムグランネの民が信仰する神からの、メッセージでした。 「ああ、神よ……。どうして、こんなにも幼き子を……」  イザベラはユナを抱きしめて泣きました。けれど、娘のユナは母の泣いている理由が分かりません。 「ママ、どうして泣いているの? なにか、悲しい事がことがあったの?」  そう優しく問いかけるのでした。 「ユナ、あのね。……後で話すわ」  イザベラはユナに話すのを躊躇いました。すぐに言えるはずがありません。これから起こる儀式によって、その左目を失う事になるなどと……。
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