分裂する一族

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「お母さん!こっちこっち!」  白いワンピースに身を包んだ亜稀ちゃんは制服姿よりも大人っぽく見えて、天真爛漫な彼女の性格とのギャップでより一層愛らしく思えた。  喫茶店で初めて会ったあの日からしばらくの間、亜稀ちゃんとはラインでメッセージのやり取りを続けていた。夏休みが目前に迫った7月。水族館に行きたいと亜稀ちゃんから要望があったので、少し遠出して海沿いにある水族館に出かけることにしたのだ。 「亜稀ちゃんは水族館が好きなの?」 「うん!静かで落ち着くから、時々一人でも行っちゃう」  最近はご無沙汰だけれど、私が高校生の頃も一人でクラゲを見に水族館に行ってたっけ。目の前にいる少女と自分の過去の姿が重なる。  ペンギンにシロクマ、エイとイワシの大水槽。順路に沿って見て周っていると、サンゴが展示されている水槽の前で亜稀ちゃんが立ち止まった。水槽の横に掲示されている説明文を熱心に読んでいる。 「見てお母さん、サンゴって有性生殖も無性生殖もできるんだって」 『サンゴは受精した卵から産まれる有性生殖と、分裂などによって殖える無性生殖、2つの繁殖方法を持っています』 「なんだか私みたい」  掲示されている説明を読んでいると、隣で亜稀ちゃんがポツリとつぶやいた。 「自分の生い立ちを教えてもらったときは、正直戸惑った。でも今はもう大丈夫。こうしてお母さんに出会えて、私は何もない所から発生した訳じゃないんだってわかったから」  控えめな照明に照らされる彼女の顔を見ると、思わず抱きしめずにはいられなかった。 ◆ 「亜稀ー、晩御飯できたよー」 「はーい! わぁ、オムライス!美味しそう!」  亜稀が施設を退所する20歳になると同時に、私は長年住んだワンルームのアパートを引き払って2人で暮らせる物件に引っ越した。  自分にお母さんが務まるのか少し不安だったけれど、亜稀との二人暮らしは思いのほか快適で。案ずるより産むが易しとはよく言ったものだとしみじみと感じている。母親業も悪くない。 「そういえばね、この間病院で受けた検査結果が返ってきたんだけど」 「どうだったの?」 「なんか両性の脂肪種だって。身体に害はないけど、大きくなってきたから手術したほうがいいかもって」 ――良性の脂肪種。12歳の時の自分に下された診断が頭をよぎる。  まさかね。考えすぎだよね。
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