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待ち合わせの喫茶店に到着すると、私と瓜二つの顔立ちをした女の子と、30代くらいの男性が私を出迎えた。
「改めまして、児童養護施設ひだまり院の佐藤と申します。本日はお忙しい中お時間を頂戴しましてありがとうございます」
男が丁寧に挨拶しながら名刺をこちらに差し出してきたので、会釈をしながら受け取った。
「先日お電話でお話させていただいた通り、こちらの亜稀さんが西野さんのお子様です。亜稀ちゃん、お母さんに自己紹介しようか」
「初めまして、西野亜稀です。今高校3年生です。ずっとひだまり院で育ててもらってたんですけど、どうしてもお母さんに会いたくて。探してもらったんです」
ウェイターが注文を取りに来たので、佐藤と私はアイスコーヒーを、私の子供だという女の子はクリームソーダを注文した。
「確かに彼女……亜稀ちゃんは顔立ちも体形も私にそっくりです。ですが、私には出産経験がありません。それに私は今30歳。高校3年生の亜稀ちゃんが私の子というのは、何かの間違いではないでしょうか」
佐藤は銀縁の眼鏡の位置を直しながら答えた。
「西野さん、過去に外科手術を受けたことはありませんか?例えば、腫瘍の摘出とか」
やけに核心を突いた問いかけに、心臓が跳ねる。
「12歳のころ、腫瘍の摘出の手術を受けたことがあります。確か良性の腫瘍で、人体に害のあるものではないと説明されたような……でもそれが何か関係あるんですか?」
「その腫瘍から生まれた子が、亜稀ちゃんです」
あまりにも突拍子もない答えに、いやいやいやそんなことあります? と言うわけにもいかず。「はぁ」と腑抜けた声が漏れた。
「西野さんから摘出された腫瘍は、術前診断では単なる良性の脂肪種と診断されていましたが、いざ摘出してみると非常に珍しい細胞であることが分かりました。そこで、病院でその細胞を培養することにしたんです。すると不思議なことに、その細胞は分裂を繰り返してみるみる人の形になっていきました。こうして生まれたのが亜稀ちゃんです」
そんな作り話みたいなことをいきなり聞かされても到底信じられない。運ばれてきたアイスコーヒーをすすってなんとか頭を冷やそうと試みたが、無駄だった。
「無性生殖という言葉をご存じですか?アメーバのような単細胞生物が、分裂することによって個体を増やしていく現象です。人間でもごく稀に、そのようなケースが確認されています。彼女は紛れもなく西野さんのお子様です」
亜稀と名乗る女の子はクリームソーダに浮かぶアイスクリームを美味しそうに頬張っている。ごく普通の10代の女の子に見えるし、事実そうなのだろう。
「これは亜稀ちゃんの希望なのですが、お母さんと同居ができないかと」
「いやそんな急に言われても難しいですよ。今住んでいるアパートは単身向けの物件ですし、それ以前にちょっと状況を飲み込めないといいますか……」
「もちろん、早急にとは言いません。しかし、ひだまり院では原則20歳で施設を退所しなければならない決まりになっています。亜稀ちゃんが20歳になるまでに同居の可否をご判断していただければと思います」
事実確認をご希望であれば提携先の病院でDNA鑑定も格安で承っていますよ、と付け加えられた。そういう問題じゃない。
「お母さん、無理言ってごめんなさい。でもせっかく会えた私の唯一の家族だから、考えてくれたら嬉しいな」
亜稀ちゃんと連絡先を交換して、この日は解散となった。
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