記憶探しの女、猫探しの男

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 大好きな彼氏にフラれて一週間が経った。身体はなんだかんだ呼吸を続けているものの、心は地獄の底にいるみたいだ。この一週間ひっきりなしに私に付きまとうのは「もう無理、やってらんない!」という思考。  これといったことがなくてもなんとなく満たされていた日々とは打って変わって、毎日が暗闇のように目に映る。心理学的には失恋は十週間で立ち直れるのだとかいうけれど、一日が過ぎるのは怠気がするほど遅くて、向き合わなければいけない現実というのはこんなに残酷なものだったんだと思い知る。そうかと思えば今度は許せないという思いが沸々と浮きあがってくる。 「あー、もー、むり!」  形上は話し合いを重ねて別れに至ったことになっているけれど、恵吾くん───“元”彼氏の言っていたことは矛盾していたり説明不足だったり、冷静になって思い返すと突っ込みたくなる点ばっかだ。そのときに指摘できなかった自分にも腹が立つ。 「もうやだ!早く幸せになりたい!」  私は悪くないのに。たぶん。アイツが何考えてんのかわかんない。絶対正常じゃないよ。まぁ、異常なのはいつものことだったけど。  それにしてもせっかく生きているのに、こんな嫌なことばっか考えてるのもまた嫌になる。もう一晩寝て明日になれば、落ち着くかな。気休めにオルゴール音楽の動画を再生して今日食べたものを思い出そうとすると、数秒もしないうちに眠っていた。  やがてぼんやりと天井が見え、枕元のスマホを手繰り寄せ、朝が来たことを悟る。時刻は七時十五分。バッテリー残量は十三%だった。   「私にはもう恵吾くんがいない」  目を覚ましていちばんに思うのはやはりそれだった。つらい、つらい。はぁ、寂しい。恵吾くんと一緒にいたい。LINEしたい。抱きしめられたい。それがもうできない。死んだ後にはまた会えるとかいうのに、失恋には何にも希望がない。恵吾くんよりいい人なんているわけない。  一晩寝たところで結局メンタル状況はなにも改善されなかった。そんな毎日がリピート再生のように繰り返された。どんよりとした曇り空みたいな日々はいつまで続くんだろうか。そう考えるとますます気力が失せる。 「お姉さん、おつり足りないんだけど。何してんの!」  カウンターの向こうに立つお客のおばあさんの鋭い声で、我に返る。 「あ!申し訳ございません!」 「河野ちゃん、大丈夫かい?最近ミス続いてるねぇ。何かあったのかい?ちゃんと眠れてる?」  仕事でミスが多くなって、客に怒られ、上司に心配された。病むのは自分の勝手だけど、仕事にまで支障が出るのはダメだよなぁ……。自分が情けなくなって、またヘコむ。 「これで何回目?あなたねぇ、ほんとにやる気あるの?」  店長の呆れた声が、電気ショックのように心を震わせる。  ……はっ!最悪だ。でも夢だ。夢で間違いない。いつも穏やかで優しい店長の堪忍の緒がついに切れるという夢を見た。妙にリアルだった光景になんだか悪い予兆な気がして、悪寒が走った。  しかし忘れもしないこのショックが、私の鬱生活を一変させるきっかけとなるのだった。
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