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「そうですよ。」
冷静さを取り戻そうと、徹は窓の外に目をやった。都会のビルの間をタクシーがゆっくりと抜けて行く。
「子供ってのは生まれるまでも大変だけど、生まれてからはもっと大変だからね。このくらいで焦っているようじゃ、この先心配になっちゃうな。」
「運転手さんも、お子さんが?」
「二人ね。」
「運転手さんだって、最初の子が生まれる時は焦ったでしょ。」
「そりゃ、もう大変よ。そわそわ、病院中歩き回ったりしてさ。でも結局、父親ってのは生まれる時は何にもできないからね。二人目の時は、もう慣れたもんで雑誌読んで煙草吸いながら待ってただけ。」
懐かしそうに運転手は目を細めた。
「そんなもんですかね…。」
「そんなもんだよ。でも安心しな、お客さん。父親の力が必要になる場面は生まれてからいくらでもあるから。最近じゃ、そういうのイクメンって言うんだろ。」
徹は想像してみた。自分はどんな父親になっていくのだろうか。無口で威厳のある父親か。明るく楽しい父親か。子供の性別は女の子だと聞いている。あまり厳しくしすぎない方がいいかなと思った。
タクシーは郊外へと走ってきた。病院が近づく。徹は心拍数が上昇するのを感じた。あと五〇〇メートルほどで病院に到着するはずである。
しかし、またしても信号でタクシーは止まった。
「ああ、雨が降って来たから車の流れが悪くなってきたね。」
運転手がフロントガラスから空を見上げた。
徹は後部座席で靴紐を結び直した。
「もう、ここでいいです。」
父親の仕事は生まれてから。しかし、信号にはまっているうち出産に立ち会えなかったとなれば、後で恰好がつかない。それに何より、徹は玲子との約束を果たさなければならなかった。
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