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どうにか小言を言われずに済んだ試験が終わって、一ヶ月ほど経ったある日、ついにその時がやってきてしまった。母さんの職場からジャンボ宝くじの高額当選が出てしまったのだ。
二等ではあるけれど一千万円という父さんの年収二年分以上の額だ。
売り場の屋根に『高額当選出ました!』という看板が掲げられ、ちょっとした騒ぎになってしまった。新聞にも小さいけれど写真付きの記事が載ってしまい、それを見た人が宝くじを買いに訪れるようになった。今まで見たことのない行列が出来て、地元のテレビ局のニュースにまでなってしまった。
母さんが売った物かは分からなかったけれども、母さんは「私のおかげ」と一週間言い続いた。
そんなに当たるのなら僕も買ってみようと思って母さんが仕事の時間を狙って売り場に行ってみることにした。
よく晴れた土曜日の昼前、四、五人くらいの人だかりが出来ていた。順番を待って僕が顔を出すと、母さんは「あら、いらっしゃい」と割とそっけない返事をした。
そういえば僕は生まれてこの方、宝くじなんて買ったことが無いことに気付いた。競馬なら何となく分かるのに。
「どうやって買ったらいい?」
「そうね、自分で数字を選ぶのか、削ってみるのにすればいいんじゃない」
母さんの声はスピーカーから聞こえるので僕たち親子の会話が周りの人に聞かれてしまっている。少し悩んでいると「後ろに並んでる人がいるから早くしてね」と、急かされた。
「じゃあ削る方で」
「一枚二百円だけど何枚にする?」
自分が想像していたよりも値段が高く、また悩んでしまう。
「じゃあ五枚で」
それを聞いた母さんは目の前に積まれた袋を一つ開けてそこから五枚抜き取ると、僕は財布から千円札を取り出して母さんに渡した。
「ありがとうございました。当たりますように。お次のお客様どうぞ」
僕が横に避けると僕の次のお客さんは「バラ」とか「レン」とかよく分からない言葉と枚数を母さんに伝えていた。
家に帰って父さんと昼食を食べてからさっき買った宝くじを削ってみることにした。
「お小遣いでこんなもの買っちゃって。学生の内から博打なんて覚えるんじゃないぞ」
テレビで競馬中継を見て、スマホで馬券を買っている父さんに言われたくはない。
僕は財布から十円玉を取り出して銀の部分を削ってみることにした。ルールによるとこの宝くじは九マスの中で同じマークが一直線になれば当選らしい。
リンゴ、モモ、みかん、バナナなど果物のマークが次々に出てくるが一直線にはなっていない。そんな物かと二枚目、三枚目と削ってみるが外れだった。むきになって四枚目を削ると、みかんのマークが一直線になった。
「当たった」
思わず声が出ると、「何っ」と、父さんが叫んで僕の方に飛んできて宝くじを取り上げる。
「おめでとう、千円だ」
笑いながら僕の頭をポンポンと叩いて宝くじを僕に返した。
「残りの一枚も削ってみな」
そう言われて最後の一枚の銀の部分を削ってみると、今度はバナナのマークが一直線になっていた。
「凄いじゃないか、今度は二百円だ。やっぱり母さんは幸運の女神だよ」
そう言って父さんはテレビの前のソファに座った。テレビの中はちょうどレースが始まろうとしている。
僕は喜んで良いのかどうかよく分からないまま削りかすをごみ箱に捨てた。
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