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騒がしい音で覚めた。目覚ましのスマホのアラームはまだ鳴っていない。二度寝したいけど余りに騒がしいから、いつもより早い時間にリビングに向かうと朝食が出来上がっていた。
「早く食べちゃって」
と、母さんに急かされて椅子に座る。今日は朝から母さんのテンションが高い。ふくよかな身体に黄色いTシャツを着ているせいで目が眩しい。
食パンにバターを塗ってひと齧りしながらぼんやりカレンダーを眺める。今日の日付に真っ赤なペンで丸印をしてある。
「今日は何の日なの?」
「あんたの合格発表でしょうが」
「いや、そりゃ分かってるけど……」
「母さんも一緒に行くから」
「はぁ!」
「母さんね、考えたの。テレビ局が来てるでしょ。映りたいのよ」
「仕事は?」
「実は今日はお休みにしてもらったのよ」
呆れて言葉が出ない。しぶしぶ朝食を食べる。
「早くパジャマ脱いじゃって。洗濯するから」
朝食を終えてパジャマを着替えて歯を磨いていると父さんが僕の所にやってきた。
「母さんも不安なだけだから。嫌な顔せず連れて行ってあげて」
そう言って、父さんは仕事へと向かった。
母さんが洗濯物を干し終わると二人で家を出て電車に乗った。
「受験票ちゃんと持った?」
母さんが僕に尋ね、鞄を漁って確認をする。
「持ちました」
大学の最寄り駅に着いてから聞くことじゃない。やっぱり母さんも不安なようだ。
同じように大学に向かう人たちの流れに乗って僕と母さんは大学に着いた。
テレビ局を探すとちゃんと来ている。
「ほら、カメラの近くに行って」
僕は母さんに背中を押されてカメラの近くに押し出された。
「これから合格発表を行います。皆さん、受験票をお手元に準備してください」
大学の職員の人がメガホンで呼びかけると、掲示板に掛けられた布が下ろされて合格者の番号が現れた。僕は現れた番号を目で追いかける。二秒ほどの無言の後、周囲からワァと言う歓声が上がった。
僕の番号『B‐0530』は……あった。合格したんだ。思わず両手を握って振り上げて叫んでいた。母さんが僕の肩をポンポンと叩く。振り返ると見たことないくらいの安堵の表情をしていた。
「おめでとう、よく、頑張ったね」
母さんの目に涙が滲んでいる。
「父さんに写真送ってあげて」
母さんに言われてズボンのポケットからスマホを取り出して受験票と掲示板の写真を撮って父さんに送った。
人ごみを離れて二人で駅へと向かって歩いていると父さんから「おめでとう。支えてくれた女神に感謝するんだよ」と返事が返ってきた。スキップがしたくなる位に足が軽い。自然と歩幅が大きくなる。こんなに気分が良い日は久し振りだ。
駅の入口に到着すると母さんが急に立ち止まった。
「どうした?」
僕が尋ねると母さんの視線が改札に向いていないことに気付いた。
「あんた、受験票の番号なんだっけ?」
鞄から受験票を取り出して読み上げる。
「『B‐0530』だけど」
「じゃあその番号で買ってみよっか」
母さんの視線の先には黄色い小さな箱のような建物がある。母さんの方を見ると目が合って二人で笑ってしまい、思わず出た二人の声が綺麗に重なった。
「本日は大安吉日!」
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