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夜が暗いってもう使えないな。
踏切の警報器を背にして僕は家とは違う方向へ足を進める。四角い電子機器が照らす人々の顔はみんな死んでいる。コンビニも牛丼屋も煌々と輝いていて、僕の目をくらませる。
東京の夜は明るすぎる。
その光をできるだけ視界に入れないように下を向いて歩いていると、突然戸が開いて居酒屋から出てきた千鳥足のおじさんにぶつかった。
「おい、お前どこ見て歩いてるんだあ、おらあ!」
叫んだと同時に着崩していたおじさんのジャケットが地面に落ちた。
「すみません」と小さく頭を下げながら、僕はその場から逃げるように去った。足早に遠ざかる中、僕は両手で耳を塞ぐ。それでも外の音が指の隙間から否応に入ってくる。
夜が明るいから、人は無理に起きているようになった。無理に起きているから小さなことにもイラつくんだ。
僕は光と音から離れるように闇の中へ突き進んでいく。
どれだけ歩いて、どこをどっちに曲がったのか覚えていない。だけど、ようやく光も乏しい街路灯だけになり、音も姿の見えない虫の音色だけになった。
気づけば公園にたどり着いていた。静かな公園でほっと息を吐こうとしたとき、ふと人気を感じてそちらへ顔を上げた。
公園の中には時計台の横に白熱灯があったが、視線の先にあるベンチはなぜかその光が届いておらず、薄暗かった。恐る恐る近づきながら目を細めると、薄暗いベンチに女性がひとり座っていた。彼女は暗くて何色か分からないけれどジャケットとパンツ姿から社会人なことは見て取れる。すらりと伸びた手が彼女の隣に置いてあった缶ビールを掴んで口元までもっていく。
その時、僕は夜を見つけた。
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