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小学校の頃、一年間だけ同じクラスだった沙希ちゃんと、十年ぶりに再会した。
「さきちゃん……だよね?」
スマートフォンに指を滑らせている横顔は、あのとき毎日見ていた沙希ちゃんそのものだった。
だけど、沙希ちゃんはすごく、すごく、変わっていた。
髪の毛は金色になって、うっすら化粧もして、昔と違って背も伸びたし、脚も長くなっていた。それに……
「だれ?」
人を見るときの表情。
変わってない。わたしも、突然転入して来た沙希ちゃんに勇気を振り絞って話しかけたとき、こんな顔をされた。だけど、一番の親友だったわたしにこの顔をすることなんて、絶対、絶対にしないはずなのに……
わたしは怖気付いてしまったけれど、もう一度、あのときみたいに勇気を振り絞って、話しかけた。
「覚えてない……? 小学校の頃、一年間、同じクラスで……ちょうど5月頃、席替えで隣の席になったよね。放課後によく公園で一緒に遊んだりした……」
「……、ああ、あんたか」
「思い出してくれた? よかったぁ、忘れられちゃったんだと思った。仕方ないよね、一年間で転校しちゃったし、沙希ちゃんのお父さんが転勤の多い仕事だったんだよね。今は一人暮らし? 大学生なの? それに、髪も金色に染めてて……なんか、あんまり、似合ってないよ。あのときの綺麗な黒い髪が好きだったのに……」
「……、」
沙希ちゃんは、ため息をつくと、そのまま振り返って歩き出そうとした。わたしは慌てて飛び出して、その手を掴んだ。
「待ってよ、せっかく会ったんだから、この後……」
「さわんな!」
ばしっと、すごい音を立ててわたしの手は振り払われた。思わずその勢いで、わたしが尻餅をついてしまうくらいに。
「いったぁ……」
「昔からあんたのそういう、ベタベタしてくるところ、大っ嫌いだったの。キモい」
「え……でも、わたしたち、親友だったじゃない……」
「はぁ……? アンタと?」
「そうだよ、放課後に一緒に遊んだり、縄跳びの練習も一緒にしたよね、それに……」
「あんた、なにも分かってない」
沙希ちゃんはとても冷たい目で、よろよろ立ち上がったわたしを見下ろした。
「ただでさえ、転入生って目の敵にされやすいのに、わざわざ敵を作るようなことするわけないじゃん。だから話を合わせて、遊びにも付き合ってやってただけ。いじめのターゲットにされるよりずっと気が楽だから」
「そんな……」
「あと、これは染めてるわけじゃなくて地毛だから。逆よ、金髪だと悪目立ちするから、毎日黒く染めて学校に行ってたの。綺麗な黒髪が好きだった、って……? 笑わせないでよ、こっちの苦労も知らないで」
沙希ちゃんの顔が怖くて見れなかった。
だけど、まるで笑っているみたいに、声が震えていた。目の前がぐらぐらする。視界がぐにゃりと曲がって、焦点が合わない。
「沙希ちゃん……」
「名前呼ばないでよ、キモいから。あんたのことずっとキモいと思ってたの、根暗だし、粘着質だし。あんたと一緒にいると別の意味でいじめられそうで、内心ヒヤヒヤしてたのよ」
「知ってるよ」
「え?」
「金髪が地毛だってことも、それを毎朝染めてたのも……知ってるよ」
沙希ちゃんが息を呑み、表情が強張った。
「なんで……」
「昔、洋服に着いてるの取ったことあるから。あと鞄にもくっついてたことあった。でも、汚いから捨てておいたの。だから言ったんだよ、あのときの『綺麗な黒髪』のほうが好きだって。金色の髪の毛、ぜんぜん……似合ってないよ、似合ってない。なんか、頭悪そうに見えるし。気取ってるみたい。そんなの黒く染めちゃえばいいのに、そうしたら、誰も沙希ちゃんのこと特別扱いしないのに……わたし以外は」
ばちん!
火花が散り、頬が熱くなった。
沙希ちゃんの目から、光という光が消えていた。
「クズ。最低」
「いいよ、行っちゃいなよ、沙希ちゃん。わたしのものにならない沙希ちゃんに、価値なんてないんだから。ひとりでもじもじ生きていけばいいんじゃない?」
「は……?」
「わたしのことがキモいなら、わたしのことなんか『切って』、さっさとほかのグループで友達を作ればよかったじゃない。粘着質なのはそっちの方でしょ。わたしは沙希ちゃんのこと、絶対に嫌いにならないけど、他の人はそうじゃないもんね、だからわたしに一年間ずぅーっと寄生してたんでしょ?」
「うるさい! やめてよ!」
「アハハハハハハハハ。みっともないな沙希ちゃん。そんな弱い子だったなんて。でもわたし、そんな沙希ちゃんのことが好きだよ。大好き」
力いっぱいに抱き締めると、すぐに振り解かれて、沙希ちゃんは足をもつれさせながら、よろよろとどこかへ走っていった。
沙希ちゃんからは、少し高級な香水の匂いと、それから小学校のころと変わらない、お花畑の中にいるような匂いがした。
隠したってすぐわかる。
もっといい香水、使った方がいいよ沙希ちゃん。わたし少しそういうの詳しいんだ、仕事でよく訊かれるから……言ってくれればいつでも沙希ちゃんにおすすめの香水を教えてあげる、あとつける場所と回数も。その馬鹿みたいな金髪も、嫌な匂いも、あとファッションもダメダメ。長い脚、見せびらかすふうな歩きかたも全部ダメ。沙希ちゃんはわたしだけの沙希ちゃんでいいの。
さっき、スマートフォンで開いてたSNSに表示されていたIDを検索して、沙希ちゃんのアカウントを見つけ出した。鍵垢にしてないなんて、不用心だな。見ると、自撮りがほとんどだ。自己顕示欲ってやつかな?
どれもこれも頭悪そうな顔だ。
マンションの部屋の中で撮った写真があった。外の景色を見れば、だいたいどのあたりのどの部屋かわかる。不用心だなあ、不用心だよ沙希ちゃん。あ、でも、わたしに気付いて欲しいんだよね? それで、こんな見せびらかすみたいな真似、してるんだ。
あの時と変わってないね、沙希ちゃん。
口下手で、引っ込み思案で……わたしがフォローしてあげないと、何もできない子だった。
待っててね沙希ちゃん、
また、
あの時みたいに、
わたしが、
そばにいるから、
ね。
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