三の満月

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「全く煩わしい……供物(くもつ)の姫たちを下界で養育させる慣例そのものを、見直した方がいいかもしれませんね」  使者は忌々しげにそう言うと、失神寸前の私を突き飛ばすように手を離した。急に送り込まれた空気で肺が痛い。前屈みになってむせる私の腕が、爪の長い手に強く掴まれグイッと引っ張られた。  使者は夜空を振り仰いで大きな赤い目に満月を映すと、地面を蹴った。 「きゃあぁっ!!」  まるで月に吸い寄せられるように、使者に腕をとられた体が上昇する。掴まれる木の枝がないかと闇雲に手を伸ばしても、その手はどこにも届かず(くう)を切った。 「ルナっ!?」 「お父さん……っ!」  どんなにもがいても、使者の手を振りほどけない。屋根の上で父が、私に向けて猟銃を構えたのが見えた。 「馬鹿な男め! この高さから落ちて姫が無事でいられると思うのか?!」  勝ち誇った使者の声が響く。父は照準器(スコープ)を覗いたまま、引き金を引けずに固まっている。  ばたつく私の足先が森で一番高いモミの木のてっぺんを超えたとき、木々を震わせるほどの太い吠え声が夜の森に轟いた。 「グワオォォーーン!」  宙吊りの体が、冷えた空気と共振する。思わず首を捻ると、地面に巨大な熊が腕を広げていた。 「ブラド!!」  父の声で顔を上げた私の目に、彼の猟銃が火を吹くのが、スローモーションのように映った。  ガオォーーーーン  耳をつんざく銃声の中で、強い衝撃に弾かれるのを感じた。反射的に硬直した体に、使者の血飛沫が降り注ぐ。
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