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手を離され浮力を失った私は、一直線に落下した。
「きゃああぁぁ!!」
墜落に備えて身構えた体は、弾力のある腕にがっちりと受け止められた。硬く茶色い毛に覆われた、巨大な熊。森に住んでいれば、野生の熊の怖さは充分知っているけれど。私は全然、怖いと思わなかった。目を閉じていたから余計に、それが誰なのか、慣れたにおいで分かったからだ。
「ブラドおじさん……?」
否定も肯定もせず、おじさんは薄目で見上げる私の頭を分厚い手で優しくなでた。そして、私を抱いたままゆっくりと歩き出した。向かう先では父が、屋根にかけた梯子を下りている。
「ルナ!」
「お父さん!!」
駆け寄ってきた父の前で、ブラドおじさんは私を地面に下ろしてくれた。
「地下室から勝手に出るなんて!」
「ごめんなさい……っ」
父はぎゅっと私を抱きしめ、何度も横髪に頬ずりをした。
「お父さんが狼男っていうのは、嘘だったのね……?」
苦しいほどきつい父の腕の中で聞くと、彼は力を緩めて痛々しい顔でうなずいた。
「嘘をついて悪かった。本当のことを話して、お前が月に帰りたいと言うのが怖かったんだ」
「じゃあ、私は本当に……」
顔を上げると、父の後ろには満月が皓々と輝いている。
「そうだよ。十二年前のこんな月の晩に、まだ赤ちゃんだったお前を預かったんだ」
「それなら……」
私は、お父さんの血を分けた娘ではないのね。
胸の内に吹き荒れた寂しさを、口に出せなかった。うつむいた私の頬を大きな両手で包み、父は声を落とした。
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