三の満月

4/4

39人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
「地上で育てられた月の子は、十歳になったら月に連れ戻されて……たぶん、生贄にされるんだ」 「生贄……?」 「月から戻って来た子はいないから、定かではないけどね。でも、使者の口ぶりから、おそらく間違いないと思う」  父は私の頬を手のひらで何度もなでながら、苦しげに目をすがめた。 「ルナが月に帰って幸せに暮らせるなら、お父さんだって無理に引き止めたりはしない。だけど、最愛の娘をそんなことのために手放すのは、どうしても嫌なんだよ」 「お父さん……」 「お前を迎えに来た月の使者を何人撃ち落としたか、自分でも恐ろしくなる。まるで殺人鬼だ。こんなお父さんを、お前に知られたくなかった……」  ウサギをさばくこともできない父が、白い血に汚れた自分の罪に震えている。  それは全部、私のためだ。  私は震える手を父の背中にまわし、かつて彼が幼い私にしてくれたように、優しくさすった。 「お父さん、ありがとう……大好きよ」  血を分けた娘じゃない、なんて。そんなことにこだわっていた自分はバカだった。父にとって私は、たった一人の大切な娘なのに。  草を踏み分ける音がする。私が目を向けると、大きな熊がのっそりと去っていくところだった。 「おじさんも……ありがとう」  その声は、もしかしたら聞こえなかったのかもしれない。ブラドおじさんは振り向きもせず森に入り、すぐに見えなくなった。  月光に照らされた森には、硝煙と鉄くさい使者の血の匂いが漂っていた。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

39人が本棚に入れています
本棚に追加