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「地上で育てられた月の子は、十歳になったら月に連れ戻されて……たぶん、生贄にされるんだ」
「生贄……?」
「月から戻って来た子はいないから、定かではないけどね。でも、使者の口ぶりから、おそらく間違いないと思う」
父は私の頬を手のひらで何度もなでながら、苦しげに目をすがめた。
「ルナが月に帰って幸せに暮らせるなら、お父さんだって無理に引き止めたりはしない。だけど、最愛の娘をそんなことのために手放すのは、どうしても嫌なんだよ」
「お父さん……」
「お前を迎えに来た月の使者を何人撃ち落としたか、自分でも恐ろしくなる。まるで殺人鬼だ。こんなお父さんを、お前に知られたくなかった……」
ウサギをさばくこともできない父が、白い血に汚れた自分の罪に震えている。
それは全部、私のためだ。
私は震える手を父の背中にまわし、かつて彼が幼い私にしてくれたように、優しくさすった。
「お父さん、ありがとう……大好きよ」
血を分けた娘じゃない、なんて。そんなことにこだわっていた自分はバカだった。父にとって私は、たった一人の大切な娘なのに。
草を踏み分ける音がする。私が目を向けると、大きな熊がのっそりと去っていくところだった。
「おじさんも……ありがとう」
その声は、もしかしたら聞こえなかったのかもしれない。ブラドおじさんは振り向きもせず森に入り、すぐに見えなくなった。
月光に照らされた森には、硝煙と鉄くさい使者の血の匂いが漂っていた。
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