一の満月

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「実はね、お父さんは狼男なんだ」  父の秘密を知らされたのは、私の十歳の誕生日だった。  あまりに驚いて、ぽかんと口を開けたまま、私は何も言えずに彼を凝視した。男手ひとつで私を育ててくれた父は、困ったような目で優しく微笑んでいた。 「お前が子どものうちはよかったんだけどね」  父はそう前置きして、若い娘にとって狼男が危険な存在であることを、やんわりと話した。 「私は……狼女ではないの?」 「女の子には遺伝しないんだ。ルナのお母さんも、普通の人間だったよ」  私が赤ちゃんのときに先立ったという母。記憶にない彼女のことは、父の話でしか知らない。彼が悲しそうな顔をするからそれまで聞けずにいたけれど。 「お母さんは、どうして死んだの?」  思い切って母の最期を尋ねると、父は厳しい表情になり、低い声で私に言い聞かせた。 「自分の身を守るために、これからは満月の夜は地下室に鍵をかけて、何があっても朝まで決して扉を開けないでほしい」  答えになってないよ。抗議しかけた私をゆっくりと抱きよせ、父はささやいた。 「お前を、お母さんと同じ目にあわせたくないんだ」  あぁ、そうだったのか。父のその言葉だけで、二人に何があったのかは十歳の私にも察せられた。もちろんショックだったけれど、そのときの父がどんなに辛かったかを想像した私は、母よりも父の方をかわいそうだと思った。 「ルナ、言うとおりにしてくれるね?」  反論の余地もない。私はその日以来、満月の夜には地下室にこもり、遠くに響く父の遠吠えを聞きながら、毛布にくるまって眠ることになった。
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