はい

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 私が母を殺すのに拳銃やナイフといった類のものは必要なかった。  必要なものは私の言葉だけであった。  生命維持装置に結ばれベットで眠る母。  10年間もその状態で食べることも、飲むことも、誰かと話すことも、好きな本を読むこともできない状態の母。  その母を殺したのは私の、はい、という言葉それだけであった。  10年という時間に何か特別な意味などはない。  10年待って起きなかったら楽にしてあげようと以前から決めていたとか、医療費がちょうど10年分ぐらいならば工面できそうであったとか、そういったことは特にない。ただ、そろそろ殺してあげた方がいいと、どういうわけかそう確信したからである。  母を殺すのは本当に簡単であった。  生かすことはあんなにも大変であったのに、殺すとなるとこんなにもあっけないものなのか。  私は生命の尊さみたいなものをらしくもなく感じた。  人を合法で殺すことには慣れていたので、死というものがいかにあっけないものであるかを私は重々承知しており、しかしその死が自分の身内に及んだ場合何か異なるのだろうと思っていたし、半ば期待していたぐらいであったのだが、戦場における死も、身内の死も、等しく他人の死であるということを認識するだけであった。  母の死に対してそこまで無味乾燥でいられる自分を恐ろしいとは思わない。  人を殺すことに慣れ、死という概念の解釈に他人よりも造形が深くなった故の弊害程度にしか思わない。きっと私のような人間のことを冷たいと他人は形容するのだろうが、そのことをどうと思うこともない。  ただ思うのは、母の死をここまであっさりと受け入れといて、そうなるであろうことは無意識的に予感していたのに、どうして10年もの間母を生かしておいたのか、それだけが疑問として残った。  私はどうして10年間母を殺さなかったのか。  そのような疑問を持つことは、まるで10年前のあの日、母が長い眠りにつき始めて日から、自分が母をいつか殺すことを心のどこかで確定していたようであり、そのことが何ともおかしかった。その確定事項を今日たまたま決行しただけに過ぎなかったのか。それともそんなことは特に関係なく、やっぱりただの気まぐれみたいなものであったのか。  自分は多分いい死に方はしないだろうな。  私は夜眠るときに、ベットを上で目を瞑りながらたまにそう思うときがある。そのようなことを思ったときは、そもそもいい死に方とは何ぞやと思い、そこから先は考えるのが面倒になって、すると自然と眠れるのであった。
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