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* 幼い恋の行方 *
***
幼なじみのユイは、昔から恋に生きる女だった。
というのも、俺の中にある一番古い記憶が『マコ兄ちゃんが大好き!』と常日頃から口にするユイの横顔だからに他ならない。
家が隣同士の同級生で、一緒に行動することも多々あった。……が、小さな頃は五月生まれの俺と三月生まれのユイでは体格差が大きく、兄妹と間違われることも尽あった。
だが、周囲から勘違いされたとしても、同級生である事実は覆らない。俺とユイの交友関係は昔から駄々かぶりだった。
そんな中、幼稚園でも学校でも家でも……どこであれ『マコ兄ちゃんが大好き!』と常に言い続けるメンタルの強さに面食らっていた。誰であれ、どこであれ、大好きと公言し続けていた。
「てか、ユイ。お前、大概ブラコンだよな」
「悪い? てか、マコトはマコトでも大違いすぎるんだよ。慎は」
そうなのだ。
ユイが大好きなマコ兄ちゃんの正体は本物の兄・誠。
彼女は純然たるブラコンである。
そして、俺の名前は慎。
ユイの兄と同じマコトという名前を持つがために、マコ兄さんとの比較物件として槍玉に上げられていたりする。
「てか、俺とお前が同級生に見えないから、俺のこと好きと勘違いしてるご近所さん多発してるらしいぞ?」
「嘘でしょ!? どうみても、私はマコ兄ちゃんしか見てないでしょ!?」
「まあ、嘘に決まってるけどさ」
「ひっどー!!」
プリプリと怒ることはあれども、ユイは『マコ兄ちゃんが大好き!』と言う気持ちを封印しようとすることは一度もなかった。ずっと、マコ兄さんばかり見ていた。
……はずなのに。
***
「慎、残業の疲れ出てたりする?」
「え? なんで、そんなことないよ。ユイ」
隣の部屋で早めの就寝に就いている五歳になったばかりの我が子を眺めていて、ついついトリップしていたらしい。連日の残業続きも重なって、ユイが心配そうな顔をして見つめてくる。
「いや、優斗がさ。本当にマコ兄さんにそっくりだよなあ、と」
ユイの子どもなのだから、マコ兄さんに似ていても不思議はないし、ユイが大好きだったマコ兄さんのような人格者とそっくりなんて、有難いことだとも思っている。だから、マコ兄さんにそっくりなことに関して、不満は一切ない。……ただ。
「こんなにマコ兄さんにそっくりな姿を目の当たりにすると、自分自身が五歳のマコ兄さんを眺めていた頃を鮮明に思い出すというか……」
「確かに。思い出すわね」
「ユイはマコ兄さんに一途だったもんなあ」
「んー。そうでもないよ?」
「へ?」
そう言って、ユイは曰くありげな眼差しをそっと向けてくる。
「マコ兄さんが大好きなのは本当のことよ。だけど、所詮マコ兄さんは兄さんでしかなくて、うーん……なんて言ったらいいのかなあ。つまりはカモフラージュというか」
「え、え、ええええ。そうなの!?」
「そうそう。そう言っておけば、大抵の恋バナはスルー出来るからね。持つべきものは人格者でカッコいい兄に限るわね」
「……って、ちょっと待って。そんな小さな頃からカムフラージュなんて考えてたの?」
「まあ、ねえ。女の子はませてるからねえ。面倒なことも多いのよねえ」
苦笑するユイを見ていて、ふと疑問が生じてくる。
「ということは、あの時にはもう好きな子がいたんだ。ユイは」
「……え。それ、今気付く?」
「え、今気付いた」
「はあ……。そういうところ、慎は変わっていないわよねえ」
「え、どういう……」
「自分に向けられた気持ちに対する鈍感さ?」
ユイの拗ねたような声色に共鳴するように顔が真っ赤になっていく。
幼なじみのユイは、昔から恋に生きる女だった。
だが、誰がその視線の先に自分がいると思えるだろうか。
だけど、全ては思い出話として処理していいと素直に思えた。
妻として、母として、幸せを噛み締めている表情を、ユイが浮かべ続ける限りーー。
【Fin.】
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