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直哉との思い出を壊されたくない。その思いから、私は遠く離れた場所に家を借り、ナオヤとともにしばらく過ごすことにした。いっそのこと、新しい記憶を作っていこうと思ったのだ。
ナオヤ自身は、良い子だ。システマティックな顔を見せたのは初日だけで、すぐに『直哉』になろうとしていた。笑い方、話し方、仕草、学校の成績、部活動、教師からの評判、家での過ごし方……どれをとっても直哉を再現していると言えた。
また直哉と暮らしたいという私の願いを叶えてくれている。
だけど、あの子は直哉じゃない。決定的に違う。
義務で『直哉』でいる。ナオヤは役目を果たしているだけなのだ。私にしかわからない違和感であり、私だけが抱く我儘だ。
こんな違和感にまみれたまま関係を歪ませていくよりは、いっそ関係を変えてしまおう。
そう、思った。
******
「おかえり」
「ただいま、母さん」
ナオヤが帰ってきた。
部屋に行こうとするので、居間へと促した。
「母さん、何? 課題があるんだけど」
「後にしてもいいわ。まず話があるの」
いつもと違う呼びかけに少し戸惑いながらも、ソファに腰をおろした。
「話って?」
「あのね、もう無理するのは辞めましょう」
ナオヤの眉がぴくりと動き、そしてするすると、彼は『直哉』をやめていった。
「無理、とは何でしょうか?」
「もう息子を演じてくれなくていいということ」
ほんの一瞬、息を呑む声が聞こえた。かと思うと、吸い込んだ息の数倍大きなため息を吐き出した。
「僕のことがお気に召さなかったでしょうか」
「いいえ、あなたはとても……上手だったわ」
「……なるほど。僕は演技者ではあっても、複製足り得なかったという事ですね。だから、お役御免だと?」
「そうじゃないわ。あのね」
私の言葉を遮るように、ナオヤは私をじっと見つめた。その瞳には、今まで浮かべた事のない色が浮かんでいた。諦観や惨めさや哀しみ、そして絶望が。
だけど口から紡がれる言葉は、それらの感情とは違う、優しいものだった。
「ご安心ください。月にはまだ直哉のサンプルはあります。もう一度複製を生成することも可能なはずです」
そう告げると、ナオヤは静かに立ち上がった。
「どこへ行くの?」
「少し散歩してきます」
それだけ告げて、ナオヤは居間をあとにした。
私はそれを、止める事は出来なかった。
止めるなと言いたげな瞳を前にして、何も言えなかった。
思えば直哉も、何か決心したらあんな風に圧倒するような瞳を見せた。皮肉なことに、今ようやくあの子の中に直哉の面影を見てしまった。
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