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散歩と言って出かけたきり、ナオヤは戻って来ない。
彼なりに考えを整理したいんだろう。私だって、まだ胸の内を伝えきれていない。
もう一度、きちんと話してみよう。
そう思ったその時、電話のコール音が鳴り響いた。ディスプレイに躍っていたのは見知らぬ番号だ。
応答してみると、相手は有無を言わせぬ勢いで語った。
「天野直哉くんのお母さまですね? 直哉君が事故に――」
******
直哉は車に撥ねられて即死だった。
痛みも苦しみも感じる間もなく意識が閉じた事だけが幸いだと思っていた。
だけど今、目の前にいるナオヤは、苦しみのさなかにいた。
ひき逃げされた上、その車に数十メートルも引きずられた。その結果、見るも無残な姿でベッドに横たわっている。
医者によれば、左足切断、左腕神経の損傷、視力も低下とのことだ。部活動どころか、普通の生活すら送れるかどうかわからない。
”散歩”になんて行かなければ、こんな目には遭わなかったのに。
だけどきっと、事故に遭わなくても同じだった。ナオヤは自分の役目は終わりだと思っていた。いずれにせよ、私がこの子からすべて奪ったのだ。
「母さん」
包帯だらけの顔からかろうじて零れた声は、機器の音に掻き消されてしまうほどか細かった。それでもナオヤは、懸命に言葉を紡ぎ出そうとしてくれた。
「これで僕は、完全に使い物になりません。どうか新しいコピーを……」
「何を言っているの!」
「いいんだ。どうせ僕は遠からず母さんをまた一人にしてしまう。それなら早いうちに取り替えた方がいい」
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