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「この度は、まことにご愁傷さまでした」
黒いスーツに身を包んだ男が、深く頭を下げる。
人払いをして静かな応接間に、その声がいやに大きく響いた。私の腕には、息子の笑う写真があるというのに、目の前でお悔やみを言われるのはどこか複雑だった。
だけど私はやり過ごした。この男を呼び出したのは私なのだから。
「天野汐里様、早速ですが今回のプランについてお話させて頂きます」
男は、手早くテーブルに書類を広げた。内容は以前にも読んだことがある。息子が産まれた際に、産院で受けた説明と似通っている。
「改めてのご説明になりますが、我々は医療技術の向上と人命救助、および現在の人口減少の対策として、顧客の皆様の体細胞サンプルをお預かりしております。今回は、息子さん……『天野直哉』さんの体細胞サンプルのお話になります」
男は、直哉の証明写真が載ったデータ書類を見せた。どれもこれも、既に知っている直哉の情報ばかりだ。
「直哉さんのサンプルは出産時に採取し、現在も保管しております。ですが今回は、突発的な事故という事で……まことに残念なことです。そこでお預かりしているサンプルを今後どうなさるか、何点かのご提案がございます」
視界の端で、男が指を数本立てていた。だけどそんなごつごつした指など、気にならなかった。私の腕の中で笑う直哉の顔にばかり、注意が向いていた。
「1つ目のご提案は、契約を解約し、サンプルは廃棄するというものです。そしてもう一つのご提案は……」
「クローン」
私からその言葉が出た事で、男は一瞬たじろいだ。だけど、すぐに別の資料を広げて、話し始めた。
「ええ、そうです。クローン生成です。幸いクローン生成に必要な卵子と核は揃いますので、直哉さんのクローンを誕生させることに何の問題もありません」
「それで直哉は戻ってくるのですか?」
男の手がピタリと止まった。その動きで、答えが分かってしまった。
「天野様、クローンはあくまで同じ細胞を持つというだけです。環境の違いによって性格や趣味嗜好に差異が生じるということは、もはや一般常識かと……」
「それでは意味がないわ」
「は?」
男の視線が、私の目をじっと見つめている。理解できないとでも言うように、眉をひそめながら。
私は、直哉の写真をその目にしっかりと映るように掲げて言った。
「私は、直哉をもう一度育てたいんじゃない。直哉ともう一度暮らしたいの」
「そうは言っても、クローンだって人間です。直哉さんと同じ15歳になられるには15年の歳月が必要でして……」
「あなた方ならできるでしょう? そのために呼んだのだから」
私は知っていた。目の前の男たちが行っている、まだ表沙汰になっていない研究を。
「お金なら幾らでも出します」
「い、いくら亡くなったご主人の残した財産が有り余るほどあるといっても、それは……」
「お願いよ」
男が大きく見開いた瞳に映った自分の顔が見えた。今、どれほど狂気じみた顔をしているかがわかったけれど、同時に驚くほど冷静だった。私の想いは、一つなのだから。
「あの子を、直哉を、複製してほしいの」
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