帽子投げ

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帽子投げ

 ルーツは麦わら帽子に空いた小さな穴に人さし指をつっこみ、幼子をあやすおもちゃのようにくるくると帽子を回した。 「くそ暑い昼間、なにもないど田舎。まったく最高の休日だ」  季節は夏、都市部に暮らしているぼくと兄のルーツは、山間部にある祖母の家を訪ねていた。そこは若干の傾斜があるものの、山とは思えないほど見晴らしがよかった。きっと、このあたりを眺めている太陽は、緑の森にぽっかり空いた不思議な空間に驚くだろう。いや、毎日同じことをくりかえし同じものを見つめている太陽のことだから、毛ほども気にならないかもしれない。  それはぼくたちも同じだった。一年に四回、祖母の家に赴く。毎回景色は違うが、所詮は野菜畑のために切り拓かれた森の姿——フォレスト・ビューともアンチフォレスト・ビューともとれる、だ。娯楽は走り回ることくらい。  もうそんなで汗をかく歳じゃない。弟のぼくだってそう思っているのだから、四つ上のルーツはことさらうんざりしているはずだ。 「なあ、この帽子、ほしいか」  ルーツはそういって、麦わら帽子をひょいと空中に投げた。少し前にテキサスを騒がせたUFOのようだ。青空に大きな影を投げ、帽子は逆さまに落っこちた。  ルーツは笑う。「落ちてる間に取らなきゃだめだ。帽子はお預けだな」 「先に教えてよ」  ルーツはまた笑った。うるさい真夏の森が気にならなくなるほど大きな声で。
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