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今話
ある国に、正義感の強い男がいた。
重い荷物を持つ老婆を背負いながら、迷子を目的地まで送ってやる。まっすぐな男だ。
彼は自分の国を愛していた。
毎朝、古いテープで国歌を流しては、その掠れた声で歌詞を口ずさんだ。
彼はひどく愚かだった。
計算もろくにできないのに国歌だけはやけに上手に歌ったものだから、小さい頃はよく揶揄われていた。
それほどに国を愛しているからこそ、彼は国民を苦しめる存在を心底憎んだ。
移民。
彼は信じた。
道端で食料をせがんでくる国民は、みな移民のせいで職を失ったと。
悲惨な強盗殺人が、隣国から追いだされた移民の仕業だと。
そんなとき、彼に幸運が舞いこんだ。
国の首相が移民排斥を中心政策としたのだ。喜んだのは彼だけでなく、自らの不幸を移民のせいだとする多くの国民もまたそうだった。
彼は叫んだ。
移民の子供たちが通う学校の前で、首相が演説の時に使った悪口を機械のようにくりかえし、それはやがて数百人の規模となった。
彼は愛した。
国民という、同じ敵を憎む兄弟たちを
首相という、同じ敵に立ち向かう両親を。
彼は移民を殺した。
これ以上増えないように、できるだけ多くの子どもを殺した。
移民は逃げた。
いつも国を追われ、家族を殺される。世界に彼らを人間扱いする国家は存在しない。
彼は愛する国家を守った。
その愚直な正義感で。
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