第二話「獲得! 部員第一号!!」

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第二話「獲得! 部員第一号!!」

SECTOR-1 :KANADE-1 《バーサス》が送られてきて涼川さんは俄然、やる気。 一方で私の方は……。  照明を落とした生徒会室。真ん中をつらぬいて、プロジェクターの光の帯がとぶ。スクリーンに踊るのは、「Virtual Circuit Streamer」のロゴ。 「きゃーっ、あがるーっ!」 「生徒会室で騒がないの」 「あ、これはこれはすみません」  涼川さんは悪びれもせず、ポータブルピットからマシンを取り出す。  中等部の校舎でネット環境があるのは生徒会室だけということで特別に貸し出したのだが、バッグも、脱いだ上着も、引き裂いた段ボールも辺りに散乱している。  その中心にいるのが、トゥインクル学園ミニ四駆部キャプテン、涼川あゆみ。  あのエキシビションマッチの後、生徒会の承認を得た「ミニ四駆部」の設立願いは職員会議をあっさりパス。  同時に生徒会長である私は、「財団」……正式な名前は「日本モータースポーツ振興財団」へ、トゥインクル学園ミニ四駆部の登録手続きを行った。  一週間の後、意外なほどちいさな段ボール箱が送られてきた。それがいま二人の目の前にある軽金属の機械、《バーサス》の端末である。  見た目はスピードチェッカーに屋根がついたようなもので、スイッチが入ったマシンを入れれば、下部でマシンの走行スピード、上部でセッティングと空力性能を読み取り、仮想空間上に自分のマシンを出現できるのだ……と、さっき涼川さんにまくし立てられた。 「聞きたいんだけど」 「なんですか、会長?」 「ミニ四駆って組み立てたマシンがコースを走るものでしょ? なんでわざわざロボットのプラモみたいにシミュレーターを使うの?」 「うーん、それはですね」  マシンを準備していた手を止めて、涼川さんがこちらに向き直った。 「今、私たちがミニ四駆を走らせられるコースはほとんどないんですよ」 「え? ……あの『インジャン・ジョー』のコースは?」 「もうないですよ。最近はオトナのチューナーがほとんどですから、『ミニ四駆バー』っていって、お酒をのみながらオトナ同士で楽しむってのがメインなんです。それにコースは場所つかいますからね……なかなか難しいみたいですよ」 「そうなの……」 「そこで現れたのが『財団』で、コースを敷く場所がなくてもミニ四駆を楽しめるようにってことで作られたのが」 「《バーサス》、なわけね」 涼川さんはうなずいて、作業を再開する。ログイン画面を抜けると、コースの選択へ。国内のどこからでも、二四時間常にだれかがマシンを走らせている。そんな空間がネットの世界に広がっている。 エアロサンダーショットが、ピットから出てコースインする。青空のもと、焼けたアスファルト、焦げるタイヤの匂いまで伝わってきそうな錯覚におちいる。 「確かに、これなら、私にもね……」 そんな言葉が、反射的に漏れた。涼川さんに聞かれているとも知らず。 SECTOR-2: AYUMI-1 会長は、けっしてミニ四駆を嫌ってはいない! その証拠を何とかおさえるんだっ!  黄色がまぶしい雑貨店のビル、地上七階・地下一階。その地下へエスカレーターで降りていくと、プラモデルがぎっしり詰まったショーケースが現れる。  ホビーショップ『インジャン・ジョー』。  トゥインクル学園から最も近い模型店。全寮制のトゥインクル生が門限までに帰るには、そうそう遠くへは出かけられない。このビルがギリギリといったところだ。 「自然に考えれば、ここに来るはずよね」  あたしは、ひとつの確信を得ていた。  会長は、ミニ四駆を十分に知っている。  その上で部の設立に条件をつけ、《女帝》とのレースをお膳立てした。会長が認めなかった理由は、部活としてやる以上は結果が求められるということ。勝たねばならないということ。決してホビーとしてのミニ四駆を否定しているわけじゃない。  そんな意志があるのなら、勝利へのこだわりがあるのなら、むしろ部の一員として「選手権」に向けて戦ってほしい。あたしはそう思い始めていた。  だから会長がミニ四駆を手に取る瞬間をとらえたかった。そう思ったとき、会長の口からも名前が出た『インジャン・ジョー』へあたしは向かっていた。 「すみません……」 品物を並べている店員さんを呼び止める。ちょうどミニ四駆のパーツを並べているところだった。ほぼすべてのキット、パーツがジャンルごとに並べられていて、気持ちがいい。いや、今はそれどころじゃない。 「はい?」 「あの、人を探してるんです!」 言ってから、訳のわからなさに自分で恥ずかしくなった。 「え?」 「あ、いや怪しいことをしてるんじゃなくて、あの、友達がきてないかなって」 「どんな方です?」 「あの、髪が長くて、メガネをかけてる中三の女子です」 「うーん、そういう感じのコはよくくるからね……」 確かにそうなのだが、つけくわえるだけの情報もなく、あたしの頭は真っ白になる。もう恥ずかしくて逃げ出そうと思ったとき、 「それって、奏のこと?」 おおよそホビーショップに似つかわしくない、長身とショートカット。 「赤井……さん?」 「あ、涼川さん、あのときはどうも……って何?」 私はまさにワラにもすがる勢いで、《女帝》にすがりついた。 「会長って、ミニ四駆好きですよね? このお店に来てますよね?」 自分の頬を指で触りながら、《女帝》は答えた。 「うん、……そうね」 「やっぱり!」 「ただし、三年前までね」 「えっ……」  あたしの肩からスクールバッグが滑り、派手な音を立てて落ちた。 SECTOR-3:KANADE-2 前戸のおじ様が作るノンアルコールカクテルは最高……。 !?この気配は! 黄色いビルを背にした雑居ビル。その地下にもぐれば、アルコールの匂いとタバコの煙が立ち込めるオトナの世界。  私は、並ぶ扉のひとつに手をかけた。反対の手にはスーパーで買ってきた食材、それに何種類かの一〇〇%果汁ジュース。 「おじ様、買ってきたよ」 「お、サンキュ」  扉を開けた先に広がるのは、仄かな明かりの中に並ぶプラモデルとフィギュアたち。特撮テレビの異形のヒーロー、宇宙をかけるロボット、それらに肩を並べて、ミニ四駆の箱も積み重ねられている。  カクテルバー『ホーネット』。  私の叔父にあたる前戸さんがオーナーをつとめるこのバーは、おじ様のこだわりが詰まった秘密基地だ。  もとは純粋なカクテルバーだったのだが、前戸のおじ様が趣味のものを店内に置くようになってから、そうした話題が好きなお客さんが増えてきたという。  半分は善意から、そしてもう半分はここにくる理由がほしいという不純な動機から、週に一度買い物の手伝いをさせてもらっている。  お店のドアを開ける度に店のようすは少しずつ変わっている。この半年でミニ四駆の占める割合がかなり増え、先週、その極めつけが現れたのだ。 「《バーサス》は使えるようになったの?」 「ああ、もう何人かのお客さんにも試してもらってる」 「そう……」 並ぶグラスの中に、軽金属の筐体が隠れもせずにおさまっていた。  前戸さんは荷物をしまい終えると、シェイカーを手に取った。私が手伝いをすると小遣いがわりにノンアルコールカクテルを一杯作ってくれる。そのアクションと、出来上がったドリンクを飲みたい、というのが本当の目的であった。  オレンジ、レモン、パイナップル。それぞれ均等に注ぎ入れ、シェイク。一+一を二以上にするための魔法……前戸さんの目は遠くを見つめて、何かをつかみとろうとしている。そういう姿が私にはまぶしい。そう、涼川さんもそんな風に見えた。 「奏ちゃんの忘れ物をもって、持ち主をさがしているひとがいる」 「……シンデレラ、ですか」 「王子さまの執念は大したものだよ。姫様は、忘れ物が届くまで待ってるのかな?」  そんなオシャレ風な言葉を添えて、カクテルグラスが差し出される。  水面を覆うフレークの下、トロピカルな味がぎゅっ、と詰まっている。  一口飲んで、気持ちは決まった。 「前戸さん、《バーサス》使わせてもらっていい?」 「お、いいよ」 床に置いたトートバッグに手を伸ばす。三年ぶりに触れるその感触。流麗なラインが指先から伝わってくる。  その時、私の手首がつかまれた。 「つかんだ!」 カウンターの下に潜んでいた影がゆっくりと立ち上がり、人のかたちをととのえていく。その笑顔。 「涼川さん?」  私の手から、エアロアバンテが転がり落ちた。 SECTOR-4:AYUMI-2 会長の勝ちたいって気持ち、わかった。伝わった。 だから一緒に、ミニ四駆部として走ってほしい! 「おいしそう~!」  前戸さんは、あたしにはソーダを混ぜた「シンデレラ」を作ってくれた。学食のメロンソーダとはくらべようもない。さすがバーテンダーさん!  そんなあたしを、会長は腕組みしてみている。 「あなたもあなただけど、秀美も口が軽いわね」 「そういえば『こないだの一ポイントを使わせてもらった』って言ってましたけど、何のことですかね」 「あぁ……」 会長は頭を抱えた。その傍らには、エアロアバンテが置かれている。 会長は渋りながらも話してくれた。  かつて女子小学生チューナーとして認めあっていた二人。ただ、マシンが速くなるほどに実力の差があらわれはじめてしまった。  卒業間近の三月、会長が挑んだレース。そこで負けたら二人でチューンするのはやめる。そう決意した会長が用意した、当時の最新マシン。それが…… 「エアロアバンテですか……」 「秀美が、パワーダウン寸前のバッテリーを用意してきたのはすぐわかった。でもエアロアバンテはコースアウト」 「それが最後のレース」 「情けなくて。同情されたのに、その気持ちにも答えられなくて」 「でも、キレイにメンテしてありますね」 駆動系のクリアランスは適度に確保されているし、ビスのゆるみもない。何よりホコリもなく磨かれたボディが、決して放置されていたマシンじゃないことを知らせてくる。 「モーターだけちょっと厳しいかな……」 あたしはバッグからモーターケースを取り出し、ブルーのエンドベルがあしらわれたモーターを取り出した。 「それは? 片軸のモーターでは見ない色だけど?」 「レブチューン2です。まだ発売されたばかりですけど、そこそこ速いですよ」 シャーシの下面、ディフューザーを模したパネルを開けて、モーターを交換する。パキッというかたい音が、このマシンがまだ十分に走れることを教えてくれる。 「よし、じゃあいきましょう!」 「え、どこに?」 「決まってますよ、《バーサス》のサーキットにです!」 「え、もう出てくの……」 「大丈夫ですよ、テスト中心のコースを選びますから、勝負をしかけられることはほとんどないはずです」 「そうなの……」 「そして、会長がわがミニ四駆部の部員第一号です!」 「はぁっ? 『そして』って言われてもわかんないけど」 「いや、そうじゃないと困りますよ。またネットワーク貸してほしいんですから。  それに、赤井さんのこと。  会長ひとりじゃなく、私や、これから入ってくるチューナーが力を合わせれば、赤井さんにまたレースを挑んで、今度は絶対に勝てますって!」 あたしは言葉とともに顔をつきだす。鼻息で会長のメガネがくもった。 「顔が近い」 会長は後頭部をわしわしとかき、息をひとつついてから、言った。 「まぁ……いいわ」 「ありがとうございます! じゃあ早速!」 言う前にあたしは、カウンターの《バーサス》を起動させた! SECTOR-5:TEST -COURSE: Barcelona, SPAIN -LENGTH:4.6km -LAPS:- -CARS:15/20 -WEATHER:SUNNY -CONDITION:DRY 1P -CAR:AERO AVANTE -CHASSIS:AR CHASSIS -TUNER:KANADE, ONDA LADYS, START YOUR MOTOR. PIT LANE OPEN! 17:14(JST)/Lap1  スペインの温暖な気候の中、ロングストレートから高速コーナー、複合コーナー、短いストレートからの急激な減速まで様々なセクションが備えられたサーキット。 二〇台のキャパシティに対して一五台のマシンがエントリーしている。  恩田選手のエアロアバンテが、動作チェックのためにコースイン。問題がないことを確認し、一周でピットイン。コントロールラインをまたいでいないため、タイム計測はなし。 Lap1 No Time 17:21(JST)/Lap2~5  バッテリーを新品に交換し、タイム測定を実施。 Lap2 OUTLAP Lap3 1.29.936 Lap4 1.29.922 Lap5 INLAP  五周めの終わりにピットイン。  コース上のラップタイム、過去一時間のベストタイムは1分二五秒台前半。差はあるものの、エアロアバンテはトラブルなく連続して走れている。  ホイールの緩み、ギヤの異音なし。タイヤが固定されていないものの、現在の速度域では問題ないと判断し、作業は行わず。 17:28(JST)/Lap6~9  ピットでギヤ比を調整。4.2:1から4:1へ変更し再度コースイン。 Lap6 INLAP Lap7 1.29.264 Lap8 1.29.283 Lap9 1.29.057  徐々にモーターが慣れ、出力が上がったことがタイムに反映されている。  この時点で恩田選手のエアロアバンテは、コース上の一五台中一二位であった。 SECTOR-6:KANADE-3 エアロアバンテは待っててくれた、私が また走り出す日を。 そのことがわかって……。 「ひさびさにしては、なかなかですね」 涼川さんが、腕組みしながらモニターを見つめている。前戸のおじ様は黙々と仕込みを続けている。 「じゃあピットインして上がりましょうか」 「うん……」 私はインカムのマイクを引き寄せる。 「BOX This Lap.(ピットインせよ)」 「COPY」  《バーサス》の世界で、私はホームストレートにもうけられたピットに立っている。サイレンが鳴り、ピットレーンにエアロアバンテが入ってくる。  ブルーの車体にはタイヤのカスやグリスの汚れがついてはいるが、それはコースで走ったがゆえのもの。私にはそれがかえって誇らしげに見えた。  ガレージ前で止まり、リヤからガレージへ収まっていく。あくまで《バーサス》が作り出した映像ではあるけど、そこには私のエアロアバンテが生きて、動いている、確かにそう感じることができた。 「ふーっ」  思わず大きく息をつきながら、インカムを外す。 「どうでした?」 「うーん、まだわからないけど、どうにか走れるかな」 「そうですよ! エアロアバンテはまだまだ現役のマシンです! それに、時々メンテナンスされてたみたいですし」 「ああ……大したことはしてないけど」 「いやいや!何もしないよりは数段ましです!電池の入れっぱなしとか、モーターのさびつきとかしちゃう人いますから!」 まくしたてる涼川さんは、このまま何時間でもしゃべり続けるんじゃないかと思わせるような勢いがあった。その声が不意にとまる。 「……笑いましたね」 「え?」 「いや、生徒会室では笑ってるの見たことなかったんで」 「な…何よ」 顔がほてるのが自分でもわかる。涼川さんがニヤニヤしながらこっちを見てるのがわかったので、前戸のおじ様に助けてもらおうと振り返ったが、やはりニヤニヤしながら仕込みを続けている。 「会長、かわいいですね~!」 「もう、やめてよ!」 顔を伏せたとき、まだマシンが《バーサス》に入ったままだったことに気がつく。手を伸ばそうとしたところで、先に涼川さんが取り出した。 「さっきのミニ四駆部のこと、本当にいいですか?」 涼川さんの手に載ったエアロアバンテ。琥珀色の照明を、キャノピーが反射している。 「あなたが言ったこと、絶対?」 「え?」 「私ひとりじゃない、ミニ四駆部ならもう一度、秀美に勝てるって」 「うーん、勝てるかどうかは。でも走り続けていれば、挑戦できるようにはなりますよ」 「挑戦。そうね……」 マシンを受けとる。モーターはまだ熱が残っていて、シャーシを通してもそれが伝わってくる。バッテリー、タイヤ、すべてにまだぬくもりが残っていた。 「悪いけど、いろいろ教えてね」 「おやすいご用です!」 握ってきた涼川さんの手は、もっともっと、熱かった。 SECTOR-fimal:HIDEMI-1 奏が戻ってきた。 まさか……。本当、あの娘の勢いにはかなわないわね。 折り重ねられたガラス繊維がつくる文様。表面にリューターの刃を走らせて、本来の形を崩していく。  カーボンのプレートは高くて、私の手には届かない。でもしっかりと作っていれば、FRPでも結果は残せる。それが私の、《女帝》と呼ばれるチューナーのポリシー。 手を休め、カフェオレに手を伸ばしたときにメールの着信音がなった。 「奏……。」 — From:<かなで>RA122E_B@hardbank.ne.jp Subject:ただいま。  さっき涼川さんに会ったのね。  また個人情報をもらしてくれたみたいで( ̄^ ̄) でも、おかけで決心がついた。  私はあなたみたいに器用じゃないけど、でももう一度やってみようと思う。  生徒会長だけど、ミニ四駆部の部員として。 マラネロ女学院は当然、選手権には出るのよね?  なんとかトゥインクルもチームを作って出るようにするから(^o^)/ できるかどうかはわからない。  でも、私はやりたい。ミニ四駆のレースを。 そう思えるようになった。  じゃ、また今度。  — 「そっか」 わたしは部屋のカーテンを開け、窓を開けた。  こもった空気が抜けて、暑い風が入ってくる。  セミの声が、かすかに聞こえている。 「でも、まずは自分のたたかいをさせてもらうわ」 作業中のマシンを手に取る。  アスチュートJr.の、真っ赤なクリアボディは、シャーシ後方から伸びたアームに支えられていて、触るとかすかに揺れる。  前後のスライドダンパー、大径のオールアルミベアリングローラー、そして細身のタイヤ。サラブレッドのようなアンバランスさが、このマシンを作った理由をものがたっている。  見ていて楽しくはない。速く走るために形を崩した、わたしのマシン。  それでも勝ちたい。いや、勝つためにできることは全部やりたい。 「ジャパンカップ……。ジュニアクラス、わたしの最後の夏だから」 TEST INFORMATION -COURSE: Barcelona, SPAIN -LENGTH:4.6km -WEATHER:SUNNY -CONDITION:DRY ONDA, Kanade Best lap: 1.29.057 Daily ranking: 73/115 See you next session.
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