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この声が届くまで(1)
つるんとでもなく、すとんとでもなく。それは想像していたよりも遥かに難渋した。
厳密には、わたしがそうさせてしまったのだから。
母の胎内から出ることに力足らずも抵抗し、もがき拒んだからだ。さぞかしわがままな子なのだろうと思ったにちがいない。それでも、わずかに残された母の命の終わりを知っていたわたしは、そのぬくもりを手離してまで生きてゆくことに、ただ朽ち果てていくだけの無意味さを覚えた。
それならばせめてこのまま、母の中で眠るように寄り添っていたい。そう願う方が唯一の幸なのだと感じていたからだ。
こんな話をすると、大抵の人は困ったような笑みを浮かべながら相槌を打つか、大袈裟に驚いてみせた後、これまた大袈裟に話の顛末を催促するのだろう。だからこの話はまだ誰にもしたことがない。祖父母にも、父にも。夫にも。話したところで信じるわけがないだろうし、そもそもわたしは最近までこの記憶のことをすっかり忘れてしまっていたのだから。
それは突然だった。まるで雨の音で干しっぱなしだった洗濯物を思い出すみたいに、お腹の中の子がわたしの内側をこつんと蹴飛ばした拍子にはっとした。それもはっきりと、鮮明に思い出したのだ。その瞬間、わたしを襲ったのは尋常ではない混乱だった。突然湧き出た記憶は、当時の感情までもを連れてきたのだ。無意識に大粒の涙が溢れだし、体が恐怖と不安に震えだすと、抑えきれない喪失感にわたしは嗚咽し、喉が痺れるほど声をあげていた。幸い夫は仕事で、家にはわたしひとりだった。もし夫がその場に居合わせていれば、突然狂ったように取り乱すわたしをまのあたりにして、さぞかし狼狽させてしまっただろう。自分でも一体何が起きているのか理解が追いつかず、ただ声をあげ、体を震わせながら嗚咽し続けた。しばらくして落ち着きを取り戻してからも、今度は胃の中のものをすべて吐き出すまでトイレで嘔吐した。分かっていたけれど、それまで言葉にすることができなかった。
おそらくわたしは、これからこの子に命を繋いでいくことが怖くてたまらないのだと思う
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