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「ねえ、覚えてる?」
ベッドで寝ていた妹、アイカがおもむろに体を起こし、問い掛けてきた。
「……わかってるよ」
「本当に?」
「ああ、今日もちゃんと持ってる。見るか?」
「ううん、いい」
「じゃあもうゆっくり休め」
「……うん。ありがと、……お兄ちゃん」
「……おやすみ」
「ふふっ……おやすみなさい」
妹は病を患っている。
三年前、背中が痛いからと病院へ行くと思いがけない病名を告げられたらしい。
余命幾許か。進行速度によっては数年、最悪の場合数ヵ月で命を落とすこともある症例の少ない難病だった。
俺が知ったのは二年前。
脚や腕に少しずつ増えていく小さなアザが気になって問い質すと大粒の涙を流しながら教えてくれた。
当時、俺には四年に渡り付き合っている彼女がいた。
あの頃は彼女に在らぬ疑いをかけて問い質し傷つけてしまったのに、俺は声をあげて笑ったんだ。
そして、彼女を疑っていた自分を責めた。
驚きはあった。でも安心したんだ。
一心に俺を想っていてくれた事が嬉しかった。
『……バカ』
しばらくして泣き疲れた彼女はそう言って力なく微笑んでくれた。
ずっと罪悪感が有ったみたいだ。
言わなきゃいけない、言えば別れるしかない。
渋るうちにあと少し、あと少しだけって言い出せなかったんだと顔を赤くしながら拗ねた子供のように隠していたことを打ち明けてくれた。
それから半年が過ぎてから訪れた彼女の誕生日、
「幸せにする。家族になろう」
俺はプロポーズした。
キザな事は出来なかった。
二人で暮らす部屋。
ケーキを食べてるさなか、飲み物を取りに行く振りをして彼女の傍で片膝をついた。
そこまでが関の山だった。
「……ありがと。
……でもね、私も今日言うつもりだったの。
……ホントに、本当に幸せだったよ。
今日まで一緒に過ごせてホントに楽しかったし嬉しかった。
だけどもう終わりにしなきゃ。
今まで本当にありがとう」
倒れ込むように抱き着いてきた彼女は小さく震えていた。
「……わかった」
そう言うと彼女の力が強くなった。
口では言ったものの気持ちが違うこともわかっていた。
「恋人関係は終わりでいい」
「……結婚はしない」
「ああ。わかってる」
「……うん。ごめんね、ちょっと待って、すぐに出て行くから」
「いいよ、出てかなくて」
「……ダメだよ。早く新しい彼女見つけなきゃ」
「……いいんだよ、妹がいればそれでいい」
「…………エ?」
彼女が泣き崩れた顔で見上げてくる。
理由わかっていた。俺は一人っ子だから。
こうして彼女と付き合いはじめて五年目に差し掛かる頃、俺の彼女は居なくなった。
彼女は頑固者だ。結婚しないと言ったらしない。俺にバツが付くのをおそれ、枷になると憂慮するのは明白だった。だから俺は考えていたんだ。
「アイカ。俺の妹になってくれ」
自分の親からひとまず了承を得た上で、彼女の両親をなんとか説得し本人が望むなら認めてくれるよう納得してもらった。
『頑固者に育てた私達のせいだから』なんて今じゃ笑い話だが骨の折れる話だった。
あの日、俺はアイカと約束をした。
・新しい彼女を見つけること
・家族として、妹として扱うこと
そして、
・家族である証を持ち歩くこと
あれから俺は効力のある戸籍謄本を持ち歩くようになった。
その謄本には六人で撮った家族写真が添付されている。
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