ネズミ2匹の生活

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ネズミ2匹の生活

 東京の、山手線のちょうど真ん中あたり、オフィスが立ち並ぶエリアにある、雑居ビルの合間に立つ細長いマンションの広くもないワンルームで、僕ら2人は隠れるようにして暮らしている。2人で出掛ける時は、1人が外を確認してからドアを開けるのが癖になっている。もしも隣の住人と鉢合わせてしまったら、男性2人が同じ部屋から出て来るところを見られてしまうからだ。単身者用のワンルームマンションの部屋から男女2人が出てきたら、仲良く同棲しているのかな?と思われるだろうが、男性2人だったらどうだろうか。ワンルームでルームシェアするのは一般的ではないし、僕らはルームメイトと言い訳するには歳が離れ過ぎている。どう見たって不自然なのだ。仮に、隣でゲイのカップルが同棲していると隣人に知られた場合、この日本ではまだ、好奇の目で見られることは否めない。そこに存在している事は誰もがわかっていても、いざ目の当たりにすると不快感を覚えずにはいられない存在。それはネズミのようだ。隠れてさえいれば誰も傷つける事は無い。僕らも、誰にも迷惑をかけず、慎ましいネズミのようにひっそりと暮らしたい。  最近、母親からはいつ結婚するのかとしきりに聞かれる。母親との思い出はどれも良い思い出ばかりで、大学まで入れてくれて感謝しかない。大きな喧嘩もしたことが無いし、僕の選択に口を出してきたこともない。子供の頃から、遊びに行く時は必ず「僕が何をしたいか」、プレゼントをくれる時はいつも「僕が何を欲しいか」を必ず聴いてくれた。時に言葉に詰まることもあったけれど、必要以上に子供扱いせず、大人と同じように僕の意思を尊重してくれたことの証だ。そんな母親の期待に応えられない事を思うと、胸がいっぱいになってしまう。いっそロクでもない母親に育てられていたらどんなに楽だったかと思う事がある。親のせいにしたり、環境のせいにしたり、自分がこうなってしまった原因を、自分以外のどこか別の場所に置けるかもしれない。でも実際は違う。母親に不満は無いし、教育を受ける機会も恵んでくれた。彼女は何も悪くない。ただ、僕が、生まれてきてから、既にこうだっただけだ。  だからと言って、カミングアウトなんてできるはずは無い。今まで少なくないお金をかけて僕を社会に送り出してくれた母親を、がっかりさせてしまう事が怖かった。彼女は優しいから、絶対に口には出さない。けれど次第に、僕は1人息子だからもう孫が見れない事に気付き、お嫁さんを初めてできた娘のように可愛がることも出来ない事に気付き、そういう未来にピントが合っていく度に、がっかりするだろう。
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