手紙

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 お母さん、こんにちは、シイです。今日はお母さんに特別な手紙を書きました。手紙なんて、普段から書いているでしょと言うかもしれないけれど、特別なのは本当よ。どうして急にこんなものを書いたのかというと、それこそ特別な理由で、というわけではなく、学校の授業で手紙を書くことになった、ただそれだけです。最初、普段からお母さんとは手紙をやり取りしているから、違う人に書いてみようかなと思ったりもしたけれど、他の人は、それこそずっと近くにいる人ばかりだから、それならお母さんに書いても一緒かなって。ちょうど伝えたいこともあったから、ちょうどよかったわ。  なんだか言い訳になりそうなので、そろそろ手紙の内容に入りたいと思います。  まずは、いつも通りのことから。お母さん、お元気ですか。といっても、お母さんが仕事で家を出たのはついこの前のことだから、まだまだそれはもう元気なのだと思います。今度帰ってくるのがいつになるか分からないけれど、お土産楽しみにしているね。  私のほうは、最近、いろいろ変わったことがありました。聞いたことのない鐘の音の正体を探ったり、学校の書架を襲った犯人を捜したり、この街の秘密を少しだけ覗いてみたり。お母さんは聞いたことあるかしら、大きな鐘のような音。とってもきれいで、不思議と引き付けられる音。それが一体何だったのか、そして何があったのか、詳しく教えてあげたいところだけど、とても長くなりそうだからここではやめておくわ。帰ってきてからのお楽しみね。この街は、とてものどかで平和な場所だと思っていたけれど、同時に刺激に満ちた場所でもあったの。がっかりなんてしてないわ。むしろ逆。この数日間で、私はこの街のことがもっと好きになったわ。  いつもの話はここまでにします。何といっても、今回は特別な手紙なのだから、普段話せないことを書くべきよね。  ユウの話をしましょう。お母さんは帰ってくるたび、私にユウのことを聞いてくるわよね。今回は先回りをして、ここで話してしまうわ。いつもと同じでつまらないと思うけれど、ユウは相変わらずよ。何を考えているのか、分かりづらいようで分かりやすく、そして分からない。私のことを全部わかって、その上で接してくれているのかと思えば、私のことはさっぱり分からないなんて言ったりする。長い付き合いになるけれど、昔から何も変わらない、つかず離れず、心地の良い距離。彼が私という存在をどういう風に思ってくれているのかは分からない。けれど、私と同じことを思ってくれていればこんなに嬉しいことはないわ。こんなことを書くと、お母さんは何か勘違いしてしまうから先に言うけれど、私と彼の関係も相変わらずよ。この数日で、それが変わるかもしれない出来事もあったけれど、それだけ。今も前もこれからも、私たちは変わることがないのかもしれないわね。  そしてここからが本題。この手紙で、私はお母さんに確認したいことがあるの。確認というか、これはまだ私の想像だから、告白のほうが近いのかもしれないけれど、どちらでもいいわ。とにかく私は、お母さんに伝えたいことがあるの。とても大事で、けれどとても口では伝えられなかったこと。  ねえお母さん、私のお父さんって、ユウのお父さんなの?  ユウのお父さんが私のお父さんなのではないか,最初はそんなこと思いもしなかったわ。私、この手紙で私のお父さんがどこにいるのか聞こうと思っていたの。だから、まさかこんなことになるなんて。何があるのか分からないものね。  私はお父さんについて手紙に書くと決めたとき、ただ聞くだけじゃ面白くないと思ったの。だから、少しだけ調べてみた。お母さんと仲の良さそうな人にそれとなく私のお父さんについて聞いてみたわ。皆、何も知らないと言っていたけれど、何か隠しているような雰囲気だった。ねえお母さん、皆正直なのはとても素敵なことだけど、あの人たち、特にパン屋のおじさんには、内緒話はあまりすべきではないのかもしれないわね。 ともかく、私のお父さんについて、何か事情があることはわかったわ。私はお父さんについては、今も生きていて、お母さんと同じように遠くで仕事をしているということしか知らない。けれど、それが本当だとして、私に隠す事情とは一体何なのかしら。考えてみたけれど、結局何も思いつかなかったわ。だから、友達に協力してもらったの。あ、それはユウじゃないわ、別の友達。私というよりはユウの友達だけど、頼りになると聞いたから訪ねてみたの。彼にこのことを話したら、お母さんの行動について不思議なことはないか尋ねられたわ。仕事に行っている間のことは分からないから、帰ってきている間の話ね。それまで特に不思議に思ったことはなかったけれど、そのとき初めて気づいたことがあるの。そういえばお母さん、こっちに帰ってきてから特に何も言わずに出かけることがあるわよね。大抵は行き先を教えてくれているけれど、たまに何も言わず出ていくことがある。それを伝えると、彼は何か納得したような顔をしていたわ。その数日後、彼はお母さんの行き先を教えてくれた。それは、ユウの家だった。てっきり特別な場所に行っているものと思っていたから、逆に驚いたわ。ユウの家に行くのに、どうして私に行き先を伝えないのだろうって。そう彼に伝えると、彼はお母さんが行き先を伝えずにユウの家に行っている日、ユウは家から追い出されているという話をしてくれたの。私とユウに内緒で二人は会っている。そこで初めて、彼が考えていたことが分かったの。でもだとしたら、私とユウは血のつながった家族ということになるのかしら。そう思ったけれど、彼は、多分それは違うと言ったわ。理由は教えてもらえなかったけれど、私はそうだろうなと思った。だって、私とユウは、血がつながっているというにはあまりに容姿が似ていないもの。そこまで考えたら、お母さんが私にそのことを隠すのにも納得がいくわ。私というよりは、ユウから隠すために私にも伝えなかったのね。  さて、そういうわけで、私のお父さんがユウのお父さんだと思ったのだけど、ここまで読んで、お母さんはどんな顔をしているのでしょう。正解を言い当てられて驚いた顔、検討違いのことを言い出して困った顔、それとも、やっと気づいたのかと呆れた顔かな。もちろんここからはそれを確認することはできないけれど、多分、最後かな。だって、お母さんたちはあまり隠そうとしていなさそうだったから。私は気づかなかったけれど、隠すつもりなら、ユウの家に行くとき嘘をつけばよかったのに。わざわざ内緒だなんて言って出かけるのは、隠す人のすることじゃないわよね。  私のお父さんがユウのお父さんである、これがもし本当のことだったとして、そうだとしたら一つだけ気になることがあるの。それは、わざわざ離れ離れになって、ユウと私を別々に育てたのはどうしてなのかということ。私から見て、二人は随分仲が良さそうだった。私に隠れて会っているのだから、なおさらよね。これだけは、私も、そして協力してくれた友達も分からないと言っていたわ。   さて、私がお母さんに伝えたかった話はここまで。これが本当のことだったとして、いえ、これが単なる私の妄想だったとしても、私はここまで私を育ててくれたお母さんに感謝の気持ちしかありません。どんなに忙しくても、常に私のことを見ていてくれてありがとう。お母さんから見て、私はどんな子供だったかは分からない。これまでもらったものは、とても返しきれるものではないけれど、これからは、これまでのことをできるだけ返せるように頑張るわ。  ここで手紙はおしまい、にしようと思ったけれど、最後に一つ。私はお母さんに、嘘をついたことがありました。それは、ユウのこと。私は、彼とは相変わらずの関係であると言ったけれど、実を言うと、少し前、ユウと距離が離れる出来事があったの。  発端は、ユウの友人でした。彼は明るい性格で、いい意味で適当で、そしてとても誠実な人でした。そして有難いことに、私に好意を持ってくれていたそうなんです。私はそのとき、彼の気持ちには全く気付いていませんでした。彼はユウとも仲がよかったし、人懐っこい人だったので、普通の友達の一人として接してくれていると考えていました。 彼と仲よくなって少し経った頃、どうしてか、ユウが私を避けるようになりました。あからさまに無視するようなことはなかったけれど、話かけても普段より素っ気ないし、また私と会うのを避けているようにも感じました。とても不思議でした。心当たりが全くなかったから、それがとても不思議でした。 ユウに距離を感じるようになって少し経った頃、気になった私は、ユウに直接理由を尋ねました。しかし、彼は気まずそうにはぐらかすばかり。何度か聞いてみたけれど、結局、私はその理由を知ることができませんでした。 それから私は、私のほうから、ユウに話かけるのを止めてしまいました。彼は元々自分から話しかけてくれるような人じゃないから、それから彼と全く関わりのない日がしばらく続きました。 それからどのくらい経った頃かな、彼の友人とお茶を飲んでいる時、私は彼から告白されました。そのとき初めて、彼の気持ちに気づいた私は、もちろん驚きました。でも、さらに驚いたのはその後。彼は、私とお付き合いする気はないと言ったの。言葉が見つからない私の顔をまっすぐ見つめて,彼は続けてこう言いました。僕といるときの君は,いつも曇っている、と。 私には、何のことだか分からなかった。彼に詳しい話を聞くと、彼が私と仲良くしてくれている間、ユウは友人である彼に気を遣って、私とあまり話さないようにしていたそうなの。彼はユウのそういう性格を知っていたから隠していたそうだけど、あるときばれてしまったみたい。彼はユウに気を遣わせないよう振舞っていたそうだけど、駄目だったみたい。 それからはすぐだったわ。ユウとお話をして、それで終わり。ユウが最初、とても気まずそうにしていたのがとても新鮮だったわ。すぐにユウは謝ってくれて、ついでにお菓子もごちそうしてくれた。それからは、元々何もなかったかのようにいつもの通りだったわ。 最後にこんな話をしたのは、ユウと私が別々に育てられた理由を一つだけ思いついたから。二人は、私とユウを家族にしないために別々に育てたんじゃないかって思ったの。 こんなことを思ったのは、もちろんさっきのお話から。ユウと距離が離れてしまって、私は多分寂しいと思っていたのだと思う。もちろん私は気づいていなかったけれど、私にそれを教えてくれた彼を含め、周りの人は気づいていたみたい。もし私とユウが家族だったら、きっとそんな気持ちにならずに済んだと思うの。いいえ、そんな気持ちになることができなかったというほうが正しいかしら。 私とユウは、これまでずっと一緒に、それこそ家族みたいな関係だったけれど、それでもやっぱり、家族ではなかったわ。どこかで少しだけ距離があって、壁があって、踏み込めなかった。でも今は、このほんの少しの隙間を心地いいと思っているわ。少し伸ばせば届くようで届かないこのもどかしさが、二人が私たちにくれたものなのだとしたら、そうね、これ以上の贈り物はないと、私は思っているわ。 さて、随分長くなってしまったけれど、今度は本当にこれでおしまい。最後に改めて、お母さん、これまで本当にありがとう。お母さんの子供でよかった。そして、これからもよろしくね。  
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