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11月30日
「――――かわいいな。やっぱりかわいいな、深月」
鼻の下をだらしなく伸ばし、社長が連れて来た専属のカメラマン以上にデジカメのフラッシュを焚きまくっているのは・・・父親である長沼さん。
招待客たちはそんな普段とかけ離れ過ぎた彼の姿に、驚きを通り越して呆気にとられ最終的に苦笑に変える。
―――ただし。ほとんどの人間は知らない。
深月が長沼さんの子であるということ。そしてそもそも・・・男だということも。
選りすぐった結果の今日の招待客の人数は約50人。
球団関係者がほとんどだが、芸能関係、スポンサー、政財界・・・、幅広く集めたのだが、この中に両親やら親族等の出席はない。
非公開としているものの、これはあくまでも対外的なショーなのだから、そこまで内情を晒すつもりは初めからなかった。―――――――、・・・が。長沼さんのデレっぷりにはほとほと参ってしまった。
俺の隣に華やかなドレス姿で立つ深月は、誰がどう見たって間違いなく美しい女性。
殆どの人間が、長沼さんと新婦は一体どんな間柄なのだろうと疑問に思っているに違いない。
実際直接聞いている客もいたから、舞い上がりすぎてぽろっと喋ってしまう恐れもあったため、長沼さんの隣にはストッパーとして社長と黒川と目黒が交代で付き添っている。
「・・・ゆーちゃん、呼んでくれたんだ」
ある程度の歓談を終え写真撮影も落ち着いた頃、深月がコソッと俺に耳打ちしてきた。それに俺は苦笑して軽く頷く。――――さすがに牽制するために呼んだ、とは言えないからだ。
「―――お前の一番仲のいい友達なんだろ?・・相談にも乗ってくれてたみたいだしな」
それらしい言い訳をして、多少後ろめたい気持ちを隠しつつチラリと岸上に視線を流す。・・・本人は憧れの黒川と話すのに夢中で、最早深月を視界に入れてはいない・・・よし、いい傾向だ。―――――とほくそ笑んだそのすぐ後。俺は何とも複雑な気分となる。
「嬉しい・・・。ありがとう、たくまくん。―――――僕、幸せ者だね」
・・・ああ、神様ごめんなさい。俺は今、猛烈に後悔の念に苛まれています。
ぐすり、と小さく鼻を鳴らした深月の、大きな瞳から歓喜の涙が溢れ落ちて光沢のある白いウェディンググローブに水玉模様が浮き上がった。
丁度近くにいた目黒が、「あー、柳井さんダメじゃないですかー、新婦泣かせて―」とか、余計な事を言いやがり、それを聞きつけ長沼さんが鬼の形相でこちらを睨んでいるものだから、正直俺は生きた心地がしない。
「あの・・ッ、う、嬉し泣きだから。目黒さん、心配しないで」
バツが悪そうに深月は小声で目黒に訴えて、健気に俺を庇ってくれる。・・・・・・最高に幸せだぁ、俺。
特に大きな騒ぎもなく、恙なく宴を終えて、招待客を見送る段になり、俺と深月はレストランの入り口付近に寄り添って立った。―――――外から見れば、丁度俺たちが並ぶ後姿だけを捉えられる絶妙な位置である。
(さて。―――――うまく撮ってくれよ・・・)
企てがうまくいくことをひっそり祈りつつ愛想よく招待客を見送って、あと残り数名、・・丁度黒川とその父、喜美雄氏が前後して出る辺りで計画は遂行された。
一台のテレビカメラと数人の人間が音もなくザッと店の前に現われて、「――黒川さん、珍しいツーショットですね」・・と、わざとらしい声がかけられた。
それに対し喜美雄氏が「おいおい、せっかくの目出度い気分が台無しになるじゃないか」とこれまたわざとらしい口調で答え、後ろに立つ息子の黒川も苦笑を浮かべる。
「おめでたい・・というのは、――――柳井選手のご結婚の事ですか?黒川コーチ、中の様子を聞かせてもらえますか?著名人の方がたくさん出席されていた様ですが・・・」
矢継ぎ早の質問が飛び、黒川は、「―――友人の結婚式に来ただけですよ」と、意味ありげに笑う。
俺はそんな声を背後に聞きながら、深月を庇うように立ち位置を確認し、それから偶然を装い入口から外に向かい身を乗り出して・・・。
「――――柳井選手・・ッ!柳井選手です。――――柳井選手、ご結婚おめでとうございます!お幸せそうですね!――――隣にいらっしゃるのは奥さまですか?ご紹介くださいませんかッ?」
聞き覚えのある女性リポーターの声が周囲の静けさを消し去った。
そのタイミングを計っていたように社長が登場し、「お相手は一般の方ですし、今日はあくまでもプライベートですから・・」と、白々しい言い訳をして、俺に小さく目配せをする。
「深月。下向いたままでいいから、一瞬だけ、後ろ向いてくれるか?」
「・・・テレビに映る?」
「んー・・・、ここで撮らせておかないと、後でもっと五月蠅くなる。―――嫌なら無理にとは言わないが」
「・・・だ、大丈夫。――――――じゃあ、せーの、で」
「ハハッ。“せーの”、な。――――――――っし、・・せー・・・のッ!」
絶妙に俯いた深月の肩を抱き、俺はライトの灯りで眩しい店外に体を向けた。
フラッシュが鋭く光り、異様なテンションでリポーターが何やら叫ぶ。
まだ外にいた招待客らの楽しげな笑い声や指笛が周囲に響き、俺と深月にたくさんの視線が集中する。
これで翌日のSテレビのワイドショーには、どこからどう切り取ってみても幸せを絵に描いたような光景が放映されるだろう。
暫くは深月にも窮屈な思いをさせるかもしれないが、まさに急転直下の勢いで思いがけず手に入れた最高の幸せを、俺はもう絶対手離せはしない。
俺はお茶の間の皆さんにサービスだといわんばかりの視線を流し、桃色に染まる項にそっと口付けを落とす。
一段と周囲がざわついて、からかうような声が飛ぶ。
こいつは俺の唯一の存在。無垢で可愛い俺だけの仔羊。
誰にも邪魔させないし、誰にも奪わせない。
これ以上は勿体無いと、俺は俯いたままの深月の体を抱き上げて、外に軽く手を振り店内奥へと身を戻す。
ショータイムはもう終わり。
これから俺の独占タイムだ。
人目もなくなり閑散とした店内で、俺は上目に見上げる深月の艶やかな唇に軽いキスをする。
「―――――さて。2泊3日の外泊届けも受理されたことだし・・・、離れてた分、たっぷり愛し合おうな」
驚いたように目を瞠り、それから花が綻ぶようにとろりと笑んで、深月が俺の頸にかけた腕に力を込めた。
「―――――いっぱい、あいして」
小さな声で囁いて、耳元に艶かしい吐息がかかる。
・・・この仔羊は、俺を一瞬で野獣に堕とす、なんとも末恐ろしい存在である。
だが俺は。
たまらなく、しあわせだ。
「――――死ぬまでずっと愛してる。・・・俺の仔羊ちゃん」
おしまい
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