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そう、あの事がなければきっと、私達はここまで仲良くなれなかった。だからといって、あいつに感謝してやるつもりないけれど。
「ただいまー」
「あ」
やってしまった、と思った。がちゃり、とドアが開く音ともに、快活な男性の声が響き渡ったからである。父が帰ってきたのだ。我が家は共働きである。今日はお父さんの方が帰ってくるのが早かったらしい。
その前にピンクちゃんを見つけて、部屋の整理も終わらせておきたかったのだけれど。私がため息をつきつつ、お帰りーと言おうとした時。
「ちょっ……おい、栞!翼!なんでこれをここに置いてるんだ!?」
お父さんのびっくりしたような声。これはもしや、と私は翼と顔を見合わせた。慌てて玄関に二人で向かうと、そこにお父さんが呆れた顔で立っているではないか。右手に鞄、左手に私達の“探しもの”を摘んで。
「ピンクちゃん!」
そうだ、思い出した。昨日出かける前に、ピンクちゃんを眺めてうっとりしていたのである。ピンクちゃんを見ると、ささくれた心が落ち着くからだ。どうやらそのまま、靴箱の上に置きっぱなしにしてしまったらしい。靴箱の上が薬品でべたべたににっている。
「こんなところに置いてちゃ駄目だろ」
お父さんは、ため息をつきながら私に返してくれた。そう。
「お母さんならいいけど、もしお客さんが我が家に来たらびっくりしちゃうじゃないか。もう捨てた方がいいんじゃないか?他は処分したんだし」
私が、私達が“ピンクちゃん”と呼んでいる――ピンクの安い指輪を嵌めた、男の中指を。
「だってー、これ見てると落ち着くんだもん」
私はホルマリンでいっぱいになったケースの中に、大事に大事に“ピンクちゃん”をしまった。やっぱり、指輪を嵌めたのは正解だった。憎たらしい男の指でも、指輪一つでとてもかわいらしく見えてくるのだから。
そう、落ち着く。
これがある限り私と弟は再確認して安心できるのだから――私に酷い事をして、そっくりな弟にも同じことをした教師が、もうこの世にはいないことを。
「もうちょっとだけ保管させてよー。ほら、どこぞの宗教では言うんでしょ?体がバラバラになってると人は二度と復活できないって!私はこいつに転生して欲しくないしさー」
「だよなー。まあ玄関に忘れる姉貴は馬鹿だけど!」
「うっさーい!」
「まったく、しょうがないなあ」
仲良く喧嘩する私達を見て、お父さんはポンポンと頭を撫でてくれた。
ああ、なんて幸せなんだろう。死体をバラバラにするのを手伝ってくれたお父さんと、運んでくれたお母さん。二人の力強い手が、私達は大好きなのである。
「今日はお父さんが二人にミートスパゲティを作るからな。……ホコリまみれになってるじゃないか、適当なところで掃除は終わらせて、順番にお風呂に入りなさい」
「はーい!」
私は返事をすると、まずは“ピンクちゃん”をしまいに部屋へと戻っていったのである。
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