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六
午後6時18分。
20畳ほどの広さに、トレーニング用のマシンやダンベルやバーベルプレートが設置された部屋。郷田はTシャツとハーフパンツ姿。
スニーカーと靴下を脱ぎ、高機能の体重計に乗ると、液晶ディスプレイに数値が表示された。
「体脂肪率が先々週と比較して、2%ほど増えていますね」郷田のパーソナルトレーナーは言った。
「ちょっとここのところ、会食や出資先の飲食業の試食などが重なったもので」小さな子供が言い訳をするような表情で郷田は答える。
「そうですか、まあそういうこともあるでしょう。お時間があれば、ウエイトトレーニングの後に有酸素運動を30分ほど入れてみますか?」
「お願いします」
「とりあえず最初は軽い柔軟体操から」
郷田はこのパーソナルジムに週一回通っている。
一週間に摂った食事などを知らせると、栄養指導もしてもらえる。フィーは月に11万円と高額だが、それに見合うサービスはじゅうぶんに受けている。このパーソナルトレーナーは、プロ野球選手やボディビルダーの指導もしていることで有名。
「先週は下半身のトレーニングでしたが、いかがでしたか?」
「トレーニングの翌日から、ふくらはぎの筋肉痛がちょっと強めに出ましたね。生活に支障が出るほどではありませんけど」
「下腿三頭筋は、ほかの部位よりも筋肉痛が出やすいですからね。では今日は上半身のトレーニングをメインにやっていこうと思いますが、特に関節痛や違和感などはありませんか?」
「ええ、問題ないです」
30歳を過ぎたあたりから、体力の衰えを感じるようになった。働き過ぎが原因だと諦めていたが、何とか時間を作ってこのジムに通い始め、指導通りに食事に気を付けるようになってから、日に日に身体が若返っていくのを感じる。
「まずは栄養と睡眠、その次が運動ですよ。運動は十分条件ではあっても、必要十分条件ではないんです」
それがこのトレーナーの口癖だった。
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