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半袖のまま行くか、パーカーを羽織るかどうか迷った挙句、俺はそのままの格好で外へ出た。
キーケースに付けられている五つの鍵から部屋の鍵を摘み施錠する。すでに二の腕や首筋は粟立つような寒気を感じていたが、部屋に戻る気にはなれなかった。
風邪を引いたって構わない。今は冬の名残を残した4月の夜風に身体を晒していたかった。
アパートの階段を降りながら、右足の靴紐が解けかかっているのに気づいた。俺は舌打ちをして階段にしゃがみ込み、靴紐を締め直す。しゃがむと錆びついた階段の鉄くさい匂いが鼻に付き、ますます不快な気分になった。
腰を上げて、五段ばかりを残したところから飛び降りた。着地と同時に左の踵と膝に針を刺したような痛みが走る。小学生が簡単に飛べそうな高さでも、俺の体は耐えられないのかと呆れる。
名前も知らない虫が鳴いている。春とも夏とも呼べない空気がまとわりつき、俺を不安にさせる。自分の立ち位置がグルグル色を変えるように不規則に変化する。
俺は空を見上げた。満月に近い月が浮かんでいた。
俺は「月がどうした」と叫ぶ。
どこかで犬が吠えた。試しに今度は「チャーハン大盛り」と叫んだ。もう犬は吠えなかった。
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