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もしかしていま自分は『最初に相手にとってわざと難しい提案をして、難色を示されたらもう少し条件を引き下げた提案をする。その方が相手は条件を飲みやすい』という心理テクニックを使われたのではないか?
「断じて違う。目の前の仕事に集中しろ。第三の目を開け」
こちらには目も向けずにやや早口で伶が言い、やはりそうだとあやみは確信した。
こっちだって忙しいのは一緒なのに、なんて卑怯な……!
抗議をしようとあやみが口を開きかけたところで、場違いなのんびり声がフロアに響いた。
「おはよ~。さっきさ、モデルの藤田美優ちゃんだっけ?雑誌の撮影してるの見ちゃった」
「「おはようございます」」
部長の登場を受け、即座にあやみと伶は立ち上がった。
上質な黒のコートの肩に、乾ききってパリパリになった落ち葉を貼りつかせて、及川部長はにこにこ上機嫌だった。
自分が大事な資料をうっかり破壊したことなどつゆしらず、そのまま鼻歌でも歌いだしそうな勢いである。
「藤田美優ちゃん、10頭身くらいあったよ」
「10頭身…はさすがにないかもしれませんが、顔と頭が小さい方ですよね」
伶が淡々と応じながら、さりげなく部長の肩についていたカラカラの落ち葉をぴっ、とつまんで取り除き、当然のようにあやみに差し出してきた。
心の中でムッとしつつ、あやみは素直にそれを受け取り、足元のゴミ箱に捨てる。
何かと常人には信じられないミスやハプニングをしでかす部長だけれど、あやみと伶は部長のことをとても尊敬しているのだ。
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