アイリッシュ・パブで昼食を

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 スピーカーからは会話の邪魔にならない程度にアイリッシュ・ポップが流れ、わたしたちのように近隣のビルで働いていると思しき人たちが低く談笑している。  店内中央に取り付けられた大型のテレビモニターでは、サッカーなどの試合中継を流して盛り上がることもあるそうだ。 「時間ぎりぎりまでコーヒー飲んじゃおうね」  左手首を持ち上げて高級そうな腕時計を確認しながら、ヤスヨさんはいたずらっぽく微笑んだ。名状しがたい喜びが胸に広がる。  150円プラスして付けたフリードリンクのアイスコーヒーの氷をからからいわせつつ、こんな40代になれますようにと心から願った。普段からわたしをおばさん扱いする夫にヤスヨさんを引き合わせたら何と評するのだろう。そんなことをちらりと考える。  ヤスヨさんがコーヒーカップの持ち手をつまむたび、ブレスレットがちかちか光った。  わたしの手首にも似たようなブレスレットが巻きついている。細いチェーンのネックレス、ブレスレット、アンクレット。毎日このいずれかを身につけるようになったのはヤスヨさんの影響だ。  ゆるくまとめた髪も、うなじが広めに開いたニットも、さりげなく塗られたネイルも。どんなに真似したところで、わたしは彼女のレプリカになることすらかなわないけれど。
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