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はっとした。初めてヤスヨさんのほころびを見た気がした。
あの、ストッキングが。
春色のコートに袖を通している彼女に声をかけようとして、何かがわたしをためらわせた。
このまま、もしこのまま。
ヤスヨさんが気づかなければ、わたしは「完璧ではないヤスヨさん」を午後いっぱい見つめ続けることができるのだ──そんな考えが、束の間わたしをとらえた。
数秒後、我に返ってわたしは口を開いた。
「ヤスヨさん、右足のとこストッキング電線してます。よかったらわたし、ロッカーに予備ありますんで」
<おわり>
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