糸・離れられない2人

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「あの、あたしのこと覚えてますか。」 仕事の帰りの居酒屋で、隣に座っていた後輩のメグミが聞いた。 メグミは、今年入った新人で、コミュニケーションのために、タクミが、飲みに誘ったのだ。 仕事に慣れたかとか、そんな話をするつもりだったタクミは、メグミの言葉に戸惑った。 「覚えてますかって、この会社に入る前に、どこかで会ったとか、そんなことあったのかな。ごめん、覚えてないんだけど。」 「ですよね。」そう言って、目を細めて、ジョッキを両手で持ちながら、タクミを見ずに、笑った。 「いや、気になるなあ。ねえ、どこで会ったのかなあ。」 「あたし、先輩のこと、ずっと憧れていたんですよ。先輩、青葉高校ですよね。先輩が、3年生の時に、あたし、1年生で、ずっと先輩を見てたんです。それから、中学校も、小学校も、全部、同じなんです。」 「ええっ、本当なの?それは、知らなかったよ。でも、偶然ってあるもんだね。」 「あはは、偶然で、こんなことあると思います?本当の事言うと、ずっと憧れてて、先輩の事、追っかけて来たんです。だから、この会社に就職したんです。」 「ちょっと待ってよ。小学生のころから、僕の事を、追っかけてたってわけ?」 「はい。」ちょっと照れくさそうに肩を上げてみせた。 「それじゃ、ストーカーじゃん。」 「ストーカーかも。」小さなエクボが、右の頬にできた。 タクミは、その話を聞いて、少しばかり、怖くなった。 小学生の頃のクラスメイトのことを、今でも覚えているってことがあるだろうか。 いや、近所の子供で、しょっちゅう顔を合わせるやつだったら、そういうこともあるだろう。 でも、ずっと、ある一人の人間を見つづけていたってことが、あるのだろうか。 もし、あるとしたら、そこには、常人と違った異常なものが隠れているに違いない。 とはいうものの、タクミは、気持ちの悪い恐怖を感じながらも、ややウキウキと浮きたつ嬉しさも感じていた。 何しろ、メグミは、可愛いからだ。 仕事中は、後に纏めていた髪を、今は解いて下している。 その長い髪は、クルクルと柔らかいウエーブがかかっていて、それは、仕事が終わって僕と待ち合わせるために、わざわざ、ドライヤーで巻いたのかもしれない。 普段は、どんな格好をしているのか知らないが、仕事の時の、テーラードの黒いジャケットに白いブラウスは、なかなかのボディラインを、それとなく強調して見せてくれる。 「でも、そんな告白を聞いたら、ちょっと嬉しいな。」 「本当ですか。良かった、やっぱり告白して。だって、今まで、ずっと憧れてたんですもん。」 「でも、小学生のころからって言うのは、それも、本当なの?」 「、、、、、それは、本当です。でも、本当の本当の事言うと、小学生よりも、もっと前からかも、、、。」 「あはは、赤ちゃんの時から。」 「冗談だって思ってるでしょ。違うんですよ。赤ちゃんよりもっと前。前世からなんです。ううん、前世の、そのまた前世も。」 「おいおい、ちょっと、変な話になってきたぞ。ひょっとして、変な宗教入ってる?それか、ムーとかいう変な雑誌の購読者とか。」 「そんな風に思ってるんだ。ちょっと、ショック。でも、仕方ないですよね。誰でも、そう思いますよね。でも、あたし、前世の記憶があるんです。何千人に一人とかいう前世の記憶を持って生まれて来た人なんです。」 「それは、ビックリというか、どうも信じられないなあ。」 「信じて貰えなくても結構です。でも、本当の事なんですよ。ああ、平安時代の先輩、カッコ良かったなあ。麻呂は、野菜が嫌いでおっじゃる。なんっちゃって、あははは、先輩、可愛かったですよ。」 「完全に、バカにしてる。」 「本当の話です。」 メグミは、そう言ったかと思うと、今まで、真っすぐ揃えていた脚をくずして、左を上に脚を組んだ。 その左脚のスカートが、膝より上に上がって、細く白い太ももが、タクミの視線に入る。 そして、両手を顔に当てて、「ああ、もっと早く先輩に告白すれば良かった。」と、オーバーなアクションで、叫んだ。 急に脚を組む仕草の不自然さや、オーバーなアクションは、冷静に考えると奇妙ではあるが、可愛い女性がしたなら、ワザとではなく、自然な仕草だと信じたくなってしまう。 「先輩には、奥さんがいるんですよね。2年前に出会った人。その人より、あたしが先に告白してたら、あたしと付き合ってくれたりしました?」 「どうだろうね。ひょっとしたら、そうかもね。」 「あー、やっぱりそうだ。江戸時代の先輩にも、平安時代の先輩にも、ちょっとの差でフラレちゃったんですよね。また、この人生でも、先輩にフラレちゃったよ。今からでも、奥さんと別れて、あたしと付き合ってくれませんか、、、なんて、あはは、冗談です。」 「ばかやろう。でも、嬉しいかな。」 そんな話があって、その日は解散をした。 それにしても、前世の記憶があるって、あれは本当なのだろうかと、不思議な気持ちでいた。 家に帰って、奥さんのリカに、その話をした。 勿論、奥さんと別れて、付き合って欲しいと言われた部分は、内緒である。 「ちょっと、待ってよ。あたしも、あなたに黙ってたけど、前世を見てくれるって言う心理療法に友達と行って、実は、見て貰ったことがあるのよ。その時は、あたしと、あなたは、前世でも夫婦だって言ってたわよ。友達と、遊びのノリで行ったから、あなたに言うの忘れてたけど、前世で、あなたと出会ってるのよ。でも、その新入社員の人のことは、何も言ってなかったわね。」 「いやいや、そんな心理療法家の話を、信じてるのか。」 「ええ、退行催眠って言ってたかな。それって、心理療法だから、ある程度、科学的なものじゃないの?」 「科学的って、本当の心理療法家だったら、そうかもしれないけれど、何か、胡散臭いなあ。」 「あ、そうだ。今度、一緒に行ってみましょうよ。それで、タクミの前世を見て貰いましょうよ。それで、あたしと前世で夫婦だって言われたら、辻褄があるじゃない。ねえ、面白そうでしょ。そうだ、その新入社員も誘ってよ。あたしと、その人と、どっちが前世で、あなたを愛していたか、それで白黒はっきりさせようよ。」 「嫌だ。」 それは、本心だったし、また、そんなことにつき合わせれるのも、面倒くさい。 「何言ってるのよ。面白そうじゃん。行こうよ。」 そんな、行こうよ、嫌だの繰り返しが、30分ほど続いたが、結局、タクミが負けて、しぶしぶ、前世を見て貰いに行くことになった。 そして、当日。 リカとメグミは、前世の話で盛り上がり、意外にも、楽しそうである。 冗談交じりに、どっちが先に、タクミを愛したかっていう話でもちきりだ。 前世を見てくれるという心理療法家は、とあるビジネス街の、とあるビルの2階にあった。 金属製の思いドアを開けると、昔の医者にあったような、布を張った衝立があって、その後ろに、デスクと椅子と、催眠術を掛けるためのベッドが置いてあった。 「ようこそ、おいでくださいました。予約されている前世を調べたいって言うお客様ですよね。」 そう言った先生は、サラサラロングヘアーの美人である。 年は40歳ぐらいだろうか、細めのメガネが、ちょっと色っぽい想像をさせる。 心理療法家なんて言うから、てっきり胡散臭い中年男性だと思っていた。 急に、タクミは、嬉しくなった。 「私は、今回、お客様の前世を見させていただく、エカテリーナです。」 「エ、エカテリーナ。」 「ええ、もちろん、本名じゃありません。これからする退行催眠は、現代の催眠術に、ロシアの秘密教団の秘儀を取り入れたものなのです。そのロシアの秘密教団の秘儀を伝授された証として、教祖から、エカテリーナの名前を授かったんです。」 「はあ。それは、スゴイですね。」 何がスゴイのか、ただ、それしか返事が見つからなかったのである。 「じゃ、早速、退行催眠で、前世を見てみましょう。このベッドに横になって、目をつぶって、あたしの言葉に集中してください。」 「はい。」タクミは、目を閉じた。 「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム、、。」 「ちょ、ちょっと、先生。それは、悪魔を呼ぶ呪文じゃないんですか。」 「細かいことは気にしないでいいです。これには意味はありません。じゃ、続けますね。ベントラ、ベントラ、、、。」 「いや、いや、先生。それは、UFOを呼ぶ呪文ですよね。」 「ダメですよ。この言葉にも意味はないんです。何となく、雰囲気かなって思って使ってるだけです。そんなことより、何も考えずに、あたしの言葉に集中してください。」 「はい。」と答えたが、そんな呪文を唱えられたら、集中できないじゃないか。 ただ、エカテリーナさんの、優しい声を聞いていたら、いつのまにか、うっとりとして、そして、催眠状態に入ってしまった。 「さて、これから、タクミさんの過去を見ていきましょう。はい、あなたは、これからタイムトンネルを抜けて、好きな時代に行くことができます。まずは、明治時代に行ってみましょう。何か見えますか。」 「あ、あれは、リカだ。松山の坊ちゃん列車に乗って、あ、行っちゃった。」 それを聞いたリカは、嬉しそうに両手を小さく合わせて、音を出さずに拍手した。 「あ、あたしが出て来た。あたし、タクミさんと、前世で会ってたんだ。」 「何か悔しい。」メグミが、詰まらなそうに言った。 「成る程、じゃ、リカさんは、行っちゃったんですね。」 「はい。」 「どういうことですか。」リカが聞いた。 「前世で、タクミさんとリカさんは、会ってはいますけど、ただ、それだけです。所謂、袖すり合うも他生の縁というやつです。」 「じゃ、タクミさん。もっと遡っていきますね。じゃ、今度は、江戸時代です。」 「誰だ、えっ、メグミか。いや、そんなはずはない。むさくるしい汚いオッサンじゃないか。万作?万作っていう名前なのか。いや、やめてくれ。抱きつくのはやめてくれ。」 「万作?」エカテリーナは、不審に思って聞いた。 すると、メグミが、それに答えて言った。 「あ、ごめん。それ、あたしなの。実は、言うの忘れたけど、江戸時代の前世は、あたし男だったんです。でも、タクミのことが忘れられなくて、堪らずに、抱きついたんだと思います。」 「助けてくれー、誰か、助けてくれー。チューは、嫌だ。チューだけは嫌だー。」 タクミは、ベッドの上で、必死に何かから逃れようとする仕草をしていた。 「先生、もう江戸時代は、結構です。」リカがエカテリーナに言った。 メグミは、申し訳なさそうな仕草で、「ごめんね。でも、タクミさんの体は、奪ってはないからね。」と、小声で告げた。 「さあ、もっと過去に行ってみましょう。」 「あ、あれはメグミでおじゃるか。」 それを聞いたメグミは、「きゃっ。」と、うれしそうに両手を口に当てた。 「いやだわ。タクミさんたら、満面の笑みじゃない。」リカは、悔しそうだ。 「メグミ、ごめんなさい。僕には、奥さんがいるから無理だ。小町がいるから、メグミとは、付き合えないよ。」 「小町って、あの小野小町のこと?ええっ、タクミさんて、小野小町と結婚してたの?」 「どうやら、歴史の知られざる物語が見えてきたわね。」エカテリーナは、満足げだ。 「でも、結局、平安時代でも、あたしフラれたのよね。タクミさんに。」 「いいじゃない。あたしなんか、平安時代にも登場しないのよ。悔しいじゃないのよ。」 「先生、もっと遡ってみてください。きっと、あたしと結婚してるはずなんです。」 リカは、平安時代にも登場しないことに、苛立っていた。 「解りました。じゃ、タクミさん。もっと過去に行きましょう。」 「リカか?ああ、リカなんだね。うーんと、ここは何時代なんだろう。そうだ、縄文時代だ。僕とリカは、竪穴式住居で幸せに暮らしているよ。そうか、今日の夕食は、アサリなんだな。うん、うまそうだ。えっ、食べさせてくれるの?あーん。」 タクミは、嬉しそうに、口を大きくあけて、「あーん。」と言った。 「悔しいわ。なんだか、悔しいわ。縄文時代では、リカさんとタクミさんは、夫婦だったのね。しかも、仲の良い夫婦。」 「えっへん、どうよ。やっぱり、前世で、タクミさんと夫婦だったのよ。あたしが、先にタクミさんを愛したのよ。」 「そんなの嫌だ。先生、もっと遡ってください。」 「もう、これが限界だと思うんだけどなあ。でも、仕方がない、もっと先に行ってみますか。」 「ふごふごふご。ふががー。ここはどこだろう。4万年前?石器時代だ。メグミ、ごめん。付き合えないよ。」 「ちょ、ちょっと。石器時代は、あたしが告白したのね。で、またフラれた。」 「た、助けてくれー。石斧で頭を割られたー。」 タクミは、頭を抱えて、ベッドでのたうち回った。 「きゃー。ごめん。あたし、石器時代に、石斧でタクミさんを殺しちゃったのね。石器時代の文明の利器の石斧で、頭割っちゃったのね。」 メグミは、ベッドの上のタクミに、手を合わせて謝った。 「大丈夫よ。もう過去の事だし。」エカテリーナが優しく、メグミの肩に手を掛けた。 「もういいのよ。もう、これで十分。」 「いや、もっと過去があるみたいだ。僕、もっと先に行くよ。」 「ぺろ。ぺろ、ぺろ。ああ、舌がぺろぺろして気持ち悪い。誰か助けて。あ、ひょっとして、君は、リカなのか。どうしたんだ。まるでトカゲじゃないか。解った。解ったよ。リカの告白を受け入れるよ。これからは幸せに暮らしていこう。」 「やった。トカゲの時代は、あたしが付き合ってたのね。」 「こ、これは、世紀の大実験になったわよ。人間を越えて遡った退行催眠は、世界で初めてじゃないの。これは素晴らしい実験よ。」 「ああ、リカ、幸せだよ。な、何。ああー。リカが、大きなトカゲに、パクリと食べられちゃったよ。共食いするのかよー。さようなら、リカ。」 「ちょっと待ってよ。食べられちゃったって。何よそれ。それに、食べられちゃったのに、さようならって、そんな気楽な別れの言葉でいいの?もっと、普通なら嘆き悲しむでしょ。さようならって、、、そんなの寂しすぎるよ。」 「ああ、今度は、魚の時代に行っちゃったよ。海の中を、すーい、すーいっと。あれ、君は、メグミか。おお、中々、可愛いじゃないか。身体の色も、キラキラしてるよ。うん、僕たち、付き合おう。あれ?あれはなんだ。サメじゃないか。ああー。メグミがパクリと食べられちゃったよ。さようなら、メグミ。」 「ちょっと待ってよ。あたしも食べられちゃったじゃない。それに、さようならって、それって、悲しい。」 リカとメグミは、お互いを見て、頷いた。 「先生、もういいです。これ以上、遡っても、弱肉強食の時代だから、また食べられちゃうに違いないもん。」 「あれ、また過去に行っちゃうよ。ぐにゃ、ぐにゃ。あれ、僕は、アメーバーなのかな。あ、メグミがいる。あれ、こっちには、リカがいるよ。二人とも僕が好きだって。あれれれ、僕を取り合いしてるよ。どうしよう。好きだから、僕の事を食べちゃうって?それはダメだよリカ。ええ、メグミも僕の事を食べるって言うの。ああ、痛い。痛い。二人とも僕を食べ始めたよ。助けてくれー、誰か助けてくれー。ああ、意識が遠のいていくー。」 「これ以上は、危険です。タクミさん、あたしが、ハイと言ったら、現在に戻ります。ハイ。」 気が付いたタクミは、ベッドの上で、汗まみれになって座っていた。 「あはは、最後には、あたしも、メグミちゃんも、タクミを食べちゃったね。」 「そうですね。食べちゃいましたね。」 2人は、どうも楽しそうに、今あったことについて、喋っている。 「これは世紀の発見よ。今まで、アメーバーにまで、前世を遡った例は、無いはずよ。」 エカテリーナは、興奮気味に、その場でステップを踏みながら、奇妙な踊りをしている。 それにしても、今の退行催眠は、現実のものだったのだろうか。 タクミは、今、起きたことを思い出して、自分の中で整理しようとしていた。 そもそも、前世というものがあるのだろうか。 霊感の無いタクミだけれども、直観的には、あっても不思議じゃないと思う。 でも、前世の前世の、そのまた前世のと辿っていくなら、どこまで、自分の前世があるのかとも思うのである。 人間の形をしている過去までは、或いは、前世があるのかもしれない。 でも、それを超えて遡って、爬虫類や、魚の状態の自分にまで遡る前世が存在するのだろうか。 生命の、始まりの始まりまで、人間の僕の前世に遡れるものだろうか。 というか、そんなアメーバーのような存在に、僕としての認識や、僕を証明する何かがあるものだろうか。 とはいうものの、子供のころから、悪いことをしたら、来世は、動物や、虫に生まれ変わるぞという説教を、お寺のお坊さんや、親から、何となく聞いた覚えがある。 或いは、人間を越えた過去にも、自分の前世があるのかもしれない。 しかしだ。 過去は、もう終わったことだ。 でも、これからの未来に向けて、僕は、何千回も、いや、何万回も、生まれ変わっていくのだろうか。 そう思うと、空恐ろしくなった。 仏教の開祖のブッダは、この世を、苦しみに満ち満ちた世界だと見抜いたところから始めて、修行に入った。 苦しみの1つに、生老病死苦がある。 老いと、病と、死は、苦しいのは解る。 でも、生まれることが苦というのは、どういうことなのだろうかと思っていたが、輪廻転生をすることが前提なら、何千、何万回と生まれることは、それだけ、その生に於いて苦しむということなのだから、もう、ウンザリするよね。 僕も、これから、何千、何万回と、生まれ変わっては、死に変わり、何千回も、何万回も、リカとメグミに出会わなければならないのだろうか。 いや、リカとメグミが、嫌いな訳じゃない。 ただ、同じような繰り返しが、永遠に続くことが、今は耐えられないと思うのだ。 「ねえ、面白かったね。」リカが言った。 「あたし、タクミさんを、石斧で殺しちゃった。」メグミが、嬉しそうに笑った。 「ねえ、何か、美味しいもの食べて帰りましょうよ。」 「賛成。」 その出来事の後、タクミは、リカと別れて、仏門に入り、10年の修行を経て、輪廻転生の輪から抜け出したニルヴァーナの境地に入ることが出来た。 詰まり、もう生まれ変わることのない悟りを開いたのだ。 令和のブッダの誕生である。 そして、数百年後。 仏の世界で、ブッダとなったタクミは、もう輪廻転生をすることもなく、深く静かに瞑想をしていた。 静寂なる世界。 ただ、何やら、キャピキャピと騒がしい声がする。 目を開けて、その声の方向を見ると、リカとメグミが、そこにいた。 僕は、悟りの境地を開いてブッダになったのじゃなかったか。 すると、そんなタクミに、2人の女性が近寄ってきた。 「久しぶり、タクミ。うちらね、タクミがいないと、やっぱり寂しいから、2人で仏門に入ったのよ。それで、修行に修行を重ねて、やっと、ブッダになれたの。」 それを聞いてタクミは、ビックリした。 「よく、修行を完成させたね。大変な、修行だったろう。」 「そうよ。あたしたち、頑張ったわよ。だから、もう輪廻転生の必要もなくなったの。生まれ変わらないのよ。だから、これから、ずっと、永遠に、この仏の世界で、タクミと一緒にいられるよ。あたしたちと、タクミは、永遠に一緒よ。」 リカとメグミは、いつのまに仲良しになったのか、手を取り合って、嬉しそうにタクミに言った。 ブッダのタクミは、大きなため息を吐いた。 「永遠か。」 そして、仏の世界から、下界を見下ろして、呟いた。 「なんか、楽しそうだな。羨ましいな。」 すると、リカとメグミが、鼻歌交じりのツッコミを入れた。 「いーけないんだ、いけないんだ。ブッダが、そんなこと言っちゃいーけないんだ。」 タクミは、心の中で、叫んだ。 「助けてくれー。」
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