BKI

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「雨上がりでなくとも草引きはできる」父の諭しが炸裂する前に片付けるべしと、自身の体温で湿った床から身を起こした。貧弱な背中の跡が僅かに染みを作っている。Tシャツよりましな汗拭きタオルでごしごしとやった。 「うーっ、三振かぁ」  しゃがんだ垣根の向こうから、邦夫さんの声が悔しげに叫ぶ。祐映にとって夏の風物詩、甲子園中継は邦夫さんの声と共にある。  寺の子に夏のバカンスはない。祐映のアルバムの写真の背景はほぼ本堂だ。着ているものによって季節がわかる。何とも侘びしい。  数少ない背景の違う写真は、いずれも学校や子供会で行った公園やテーマパーク。誰もがさほど楽しげでもなく写っている中、ひとり、満面の笑みで祐映は写っている。  出かけ慣れている友人にとって、珍しくもない場所も祐映にとっては夢の国。子供会の遠足の前日は、眠れなかったことを覚えている。おかげでいつもバスに酔った。「ひ弱な祐ちゃん」のレッテルは、思えばあの頃から貼られたものかもしれん。  ぷちぷちと草が切れる。渇いた地面の下には根が残る。いくら引いても草は出る。やはり、雨を待とうとひ弱な祐映は思う。 (だってさ、爺ちゃんが寝込んどるのに、僕まで寝込んだら母ちゃん、面倒やん)
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